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教養・歴史 書評

出土人骨のゲノム解析で人類史を整理=評者・高橋克秀

『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』 評者・高橋克秀

著者 篠田謙一(国立科学博物館館長)

中公新書 1056円

「人種」「民族」は政治的妄想

最新DNA解析が語るルーツ

 現生人類であるホモ・サピエンスは6万年前にアフリカを出発し、世界中に拡散して各地で文明をつくりあげた。この定説は考古学や自然人類学による人骨の発見と形態の解釈の地道な積み重ねによって確立された。21世紀に入って次世代シークエンサー(塩基配列を解読する装置)技術によってDNA配列を読み取ることができるようになると研究は一段と進展した。

 ホモ・サピエンスの進化の過程ではすでに絶滅したネアンデルタール人やデニソワ人と交雑し、現代人もわずかながらそのDNAを受け継いでいることが明らかになった。

 こうしたゲノム解析による遺伝子情報は、安易に使われがちな「人種」や「民族」という概念に再考を迫っている。ホモ・サピエンスは生物学的には一つの種であり、集団による違いはあるが、全体としては連続しており、区分することはできない。自然科学の学術論文では「人種」という用語は使われなくなった。実際のところ、ゲノムデータを解析すると同じ集団の中の個人間の違いのほうが、集団同士を比べたときよりも、はるかに大きい。ヒトの能力を人種と関連させるのは誤りである。

「民族」という概念にも遺伝子的根拠はない。一般的な日本人の感覚では、同じ民族というと遺伝的にも斉一性の高い集団だと考えがちである。しかし、古代ゲノムの解析によって人類集団は離合と集散を繰り返して遺伝的な性格を変化させながら存続していることが分かってきた。縄文人のハプロタイプ(ミトコンドリアDNAやY染色体の配列)はわずか二つのタイプで大部分を占めていた。ところが、現代日本人のハプロタイプは多種多様なタイプで構成されている。縄文人と現代人はほとんど別物と考えたほうがよい。

 日本の現代人のルーツは、主に朝鮮半島に起源を持つ集団が弥生時代から古墳時代にかけて多数渡来することによって、日本列島の在地の集団をのみ込んで成立したと考えられる。ただし、渡来人のゲノムが現在の韓国人や中国人に近いとはいえないようだ。当時の東アジア各地には現在の国境とは関係なく、縄文的な要素を持った人々が存在した。特に北九州の縄文人と朝鮮半島南部の人々は区別がつかない。現代の韓国人が中国東北部の集団と遺伝的に区別されるのは、縄文的要素がわずかながら残っているからだという。

 本書は人類の壮大な旅の最新の研究成果を明快に整理した。人種や民族をもとにつくられた歴史観は政治的妄想であることも教えてくれる。

(高橋克秀・国学院大学教授)


 篠田謙一(しのだ・けんいち) 1955年生まれ。京都大学理学部卒。医学博士。佐賀医科大学助教授を経て現職。専門は分子人類学。著書に『江戸の骨は語る 甦った宣教師シドッチのDNA』などがある。

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