教養・歴史書評

複雑系PTSD(C─PTSD)についての貴重な記録=冷泉彰彦

アメリカ 「移民の子」が綴る心的外傷の治癒録

 ステファニー・フー氏は、社会派ドキュメントの「This American Life(「アメリカの実生活」)」という企画で著名なラジオ・プロデューサーである。アジア系米国人を代表して、意見や主張を発信しているオピニオンリーダーでもある。そのフー氏の自伝『What My Bones Know: A Memoir of Healing from Complex Trauma(骨の髄に刻まれた記憶、複雑なトラウマからの回復の記録)』が話題になっており、通販サイトのアマゾンでは上半期の「ベスト20」の一冊に選ばれた。

 内容は、1987年生まれの氏の半生記であるが、同時に自分自身が背負っている複雑系PTSD(C─PTSD)についての貴重な記録でもある。C─PTSDとは、現在WHO(世界保健機関)が主導して、公的な疾病認定が進められている症状だ。主として、1回の例外的な経験をすることで心的外傷を負うのがPTSDであるならば、C─PTSDというのは、長い年月をかけて心的な外傷が形成され、その結果として心的あるいは身体的に障害が残る。現在は独立した症状として認められず、一過性のPTSDやうつ病の一種とされ、医療保険の適用も十分ではないし社会的認知も進んでいない。

 フー氏は、心身の不調に苦しんでいたが、優秀な治療医との出会いが大きな転機になる。原因は家族にあった。カリフォルニアに移民してきたIT技術者の父親とその妻の間に生まれたフー氏は、一見すると何の不自由もない「移民の成功例」であるように見えた。だが、実際は慣れない米国の生活の中でストレスをためた母親との間で深い葛藤を抱えていた。母親は、社会に出たいという願望を持つ中で、子供であるフー氏の存在を「その障害だ」と思い始める。そこから始まった長く静かな心理的虐待が、フー氏の心身をむしばんでいたのであった。

 治療医の指導に従って、フー氏は幼少時の経験に向き合うと同時に、当時の米国社会における移民の位置付けや、両親の祖国であるマレーシアの文化など、自分が生まれ育った環境を深く理解する作業も続けた。本書は、その治療の記録であり、本書の内容は、C─PTSDへのより正確な認知の手助けになるのではないだろうか。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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