②ワカ製作所――長野の農村の主婦がつくる人工衛星の最先端部品 取引先にはJAXA、NTTドコモ、ソニー、KDDI
国連が2015年に採択した、17の目標から成るSDGs(持続可能な開発目標)。世界の企業の間で、社会課題を解決し、持続可能な社会を目指すSDGsを成長戦略の柱として取り込む動きが広まっている。エコノミストオンラインの新連載「SDGs最前線」では日本でSDGsを実践し、実際にビジネスに活かしている企業を取り上げていく。第2回目は、人工衛星で使われている高精度の部品を製造するワカ製作所(東京・新宿)を紹介する。
【ワカ製作所が実践するSDGsの目標】・目標5(ジェンダー平等を実現しよう)・目標8(働きがいも経済成長も)・目標9(産業と技術革新の基礎をつくろう)・目標11(住み続けられる街づくりを)
「牛に引かれて善光寺参り」の故事で知られる長野県の善光寺。同県の麻績村(おみむら)は、江戸の人たちが、この著名な寺に参拝するために通った「西街道(北国西脇往還)」にある宿場町の一つだ。北アルプスをのぞむ、この静かな農村の一角に、世界でも通用する最先端技術を擁する製品の工場がある。約30人の従業員は、多くが地元農家の主婦たちだ。
工場で作っているのは「高周波同軸コネクタ」と呼ばれる、あまり聞きなれない製品だ。多くの情報や信号を伝達しなければならない無線通信機器や放送機器、ネットワーク機器、電子計測器などと、ケーブルをつなげる目的で使われる、通信会社などにはなくてはならない部品だという。
高い周波数の同軸コネクタは多くの信号を伝達できるが、その分、伝達ロスや余分な反射が起きやすく、一般的なコネクタよりも高い精度の製造・加工技術が必要だ。「1000分の数ミリという、ちょっとした寸法の狂いでも、大きく性能が低下してしまうことがある」(ワカ製作所の若林佳之助社長)からだ。
日本企業として初めてJAXAから認定
実はこの同軸コネクタ、高性能な製品は最先端技術の結晶ともいえる人工衛星の通信でも使われている。ワカ製作所の高周波同軸コネクタは2013年に日本企業として初めて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の認定基準をクリアした。若林社長は「他社に先駆けて、1980年代から高性能、高付加価値の製品の開発に挑み続けてきたことが奏功した」と胸を張る。
同社の技術力はJAXAだけでなく、多くの大企業からも評価されている。ワカ製作所の取引先には、NTTドコモやソニー、ソフトバンク、KDDI、富士通といった誰もが知る超有名企業が並んでいる。
過疎の村の主婦を雇用、手工芸文化を継承
それにしても、世界でも最先端の技術と農村の工場や主婦のイメージは結び付きづらい。なぜ同社は、過疎化が進む、わずか人口約2500人の農村に工場を建設したのか。若林社長によると、「もともとは祖父が麻績村の出身だったため、父が工場を開設したのが始まり」だという。しかし、それがかえってプラスに働いたようだ。
麻績村の名前は、大和朝廷が朝鮮半島から招いた人たちが、この地で麻を紡ぐ技術を伝えたことに由来する。このため、古くから機織りなど手工芸文化が発達してきた。若林社長は「多くの従業員は、結婚して他の地域から移住してきた人たち」と前置きするが、「麻績村の技術を尊ぶ文化が脈々と受け継がれており、それが従業員の正確で誠実な仕事につながっている」と話す。
工場では、主婦たちがコネクタとケーブルを結びつける「はんだ付け」を行っている。一口にはんだ付けといっても、熱が強すぎたり、弱すぎたりすると寸法が微妙に違ってしまう。ハンドプレスを使って部品をコネクタの中にある絶縁体に挿入する作業も、力加減などを間違えば、性能に悪影響が出る。細やかで正確な作業を持続的にやれるかどうかが勝負となる。製品が多品種かつ小ロットであるため、全面的な機械化は難しい。一部の細かい作業については「長年この仕事に従事してきた主婦たちの熟練の技に頼ることになる」(若林社長)という。
お互いのスケジュールを調整、有休消化率は9割に
優れた熟練工とはいえ、主婦たちを雇用するには苦労もある。多くの従業員が兼業農家で、農作物の収穫をする繁忙期には働けなくなってしまうからだ。ワカ製作所では、こうした場合、互いがスケジュールを調整して必ず休みを取得できるよう工夫している。さらに、農業の繁忙期には働けなくなる従業員が増えることを見越して、生産量を事前に増やすなどの調整もしており、取引先も理解があるという。このため、同社の従業員の有休消化率は9割近くに達している。
同社が実践しているのは働きやすさだけではない。若林社長は「仕事に誇りを持ってやれるかが、従業員らの仕事の精度や質に大きく影響する」と強調する。同社にはJAXAだけでなく、米国の大手IT企業など海外の超大企業からも注文がくる。こうした「ワカ製作所がなぜ、すごいのかというポイント」を従業員に丁寧に説明し、やる気を引き出すように努めている。SDGsは目標5で「ジェンダー平等を実現しよう」、目標8で「働きがいも経済成長も」を掲げているが、同社はこうした目標を目指し、実現させている。
地域社会や取引先から高評価、一段の高度製品にも挑戦
同社はさらに、世界最高の高周波の同軸コネクタの開発にも取り組んでいる。通信技術が進めば、情報を多く伝達するために、さらなる高周波の製品が必要になるためだ。現在、中小企業にもかかわらず、世界でも最先端の製品をつくれている背景には、80年代から努力してきたハイエンド商品の開発の努力があったというのが同社の認識だ。再生可能エネルギーの充電効率を高めるため、太陽光発電の充電モジュールの製造にも力を入れている。家庭用などの小さなソーラーパネルでも高い効率で発電ができれば、曇りや雨が続いてもバッテリーに蓄電して稼働を続けることもできる。
同社の「SDGs経営」や従業員を大切にする姿勢は、地域社会や取引先にも高く評価されている。麻績村の塚原勝幸村長は、ワカ製作所について「商工業の発展や地域雇用に大きく貢献している」と指摘。村内に工場があることから「従業員たりが地域社会にも参加しやすくなっている」と話す。電子計測器などを製造・販売するアンリツの竹内健喜・資材調達本部長も「ワカ製作所が生み出す高度なコネクタがなければ、当社の誠実なモノづくりができない」と、その存在意義を強調する。
採用はほぼ口コミ、地方人材の活用は日本の生きる道
総務省によると、2021年10月1日時点の人口推計で、労働の中心的な担い手となる15~64歳の生産年齢人口の割合は総人口の59.4%と、統計を取り始めた1950年以来、最低となった。厚生労働省によると、1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は2021年に1.30で、出生数も過去最少だった。少子・高齢化を背景とした国内の労働力の減少は今後も避けられない見通しだ。一方で、いったん家庭に入った主婦の再就職や地方人材の活用といった、労働者不足の打開策は進んでいない。
実は、ワカ製作所の従業員はほとんどが「口コミ」で入社を希望してきた人たちだ。「働きやすく、高レベルで社会に貢献できる仕事ができる会社」というイメージが、優秀な人材の採用を支えている。「世界に通用する技術を地方の人材が支え、誇りを持って働く」。長野県の小さな農村にあるワカ製作所の工場の姿は、SDGsはもちろん、日本が克服するべき深刻な問題の解決策の一つを示しているといえそうだ。
(加藤俊・株式会社SACCO社長、編集協力 PRコンサルティング)
【筆者プロフィール】
かとう しゅん
加藤俊
(株式会社Sacco社長)企業のSDGsに関する活動やサステナブル(持続可能)な取り組みを紹介するメディア「coki(https://coki.jp/)」を展開。2015年より運営会社株式会社Saccoを運営しながら、一般社団法人100年経営研究機構 『百年経営』編集長、社会的養護支援の一般社団法人SHOEHORN 理事を兼務。cokiは「社会の公器」を意味し、対象企業だけでなく、地域社会や取引先などステークホルダー(利害関係者)へのインタビューを通じ、優良企業を発掘、紹介を目指している。