教養・歴史書評

バブル崩壊からの30年を駆け抜けた日銀マンの貴重な体験録=評者・諸富徹

『最後の防衛線 危機と日本銀行』 評者・諸富徹

著者 中曽宏(東京大学大学院特任教授) 日経BP 4620円

元日銀副総裁による激動の金融政策史決定版

 本書は、2018年まで日銀副総裁を務めた著者による、金融政策の現代史として決定版といってよい。同様の時期を取り扱った書籍として白川方明著『中央銀行』(18年、東洋経済新報社)がある。本書は、同書と並んで必読の文献となるだろう。

 この両書には多くの共通性があるが、理論的・客観的考察で特徴づけられる白川書に対し、本書は激動の30年間を駆け抜けた日銀マンとしての激烈な仕事ぶり、「戦友」といっていい同僚や組織への思い、そして関わった人々との交流など、著者の息遣いが伝わる様々なエピソードで彩られた魅力的な書物になっている。

 本書は4部構成だが、第Ⅰ部はバブル崩壊から00年代半ばまでの日本の金融危機、第Ⅱ部は00年代末から10年代初頭にかけての国際金融危機、そして第Ⅲ部は日銀による量的緩和政策、最後に第Ⅳ部は金融危機から得られる教訓、そして今後の金融政策のあり方となっている。

 本書の白眉(はくび)は、やはり第Ⅰ部だろう。次々と襲う金融機関の危機に際して著者の属した日銀信用機構局が、あるときには必死に破綻を食い止め、時にはその努力もむなしく防衛線を突破されて破綻のやむなきに至り、事後処理策に奔走する姿が描かれる。「ホテル・ニチギン」に連日泊まり込み、最前線で体を張って仕事をする日銀職員らの情景には昭和の匂いが濃厚に立ち込め、読む者をなぜかノスタルジーに包み込む。

 第Ⅱ部では、第13章「BIS(国際決済銀行)市場委員会」が必読だ。著者は06年にBIS常設委員会議長の日本人3人目として、市場委員会議長に就任する。その活動やセントラルバンカーたちとの交流をめぐる叙述に私たちは、知られざる世界の扉を開いて、中を見るような気持ちで引き込まれていく。

 第Ⅲ部は、著者が副総裁として主導した量的緩和を取り扱い、政策の内容、日銀の意図、時間軸を通じた政策の「進化」を明らかにする。論争の的となっているこの政策は、いずれ内外の研究者によってその効果や妥当性に関する客観的な事後検証が行われるだろう。だがそれとは別に、政策の当事者がどのような判断に基づいて政策を立案、決定、そして実行したのか、その貴重な証言という点で本書は大いなる価値をもつ。

 過ぎ去った激動の30年間、この時代を著者同様に駆け抜けた読者なら、万感の思いがよぎることだろう。だが、それだけではない。新しい時代を切り開く上でも本書は、次の世代にたしかな教訓と指針を手渡す貴重な時代の証言となるに違いない。

(諸富徹・京都大学大学院教授)


 中曽宏(なかそ・ひろし) 1978年に東京大学経済学部卒業後、日本銀行入行。国際決済銀行出向などを経て、金融市場局長、理事、副総裁を歴任。現在は東京大学大学院経済学研究科金融教育センター特任教授、大和総研理事長を務める。

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