地域にできることはたくさんある、と気づかせてくれる=評者・藤原裕之
『攻める自治体「東川町」 地域活性化の実践モデル』 評者・藤原裕之
著者 中村稔彦(長野県立大学准教授) 新評論 1980円
「暮らす人」こそ主役の地域再生
成功事例をデータとともに解説
多くの市町村が人口減少に苦しむ中、鉄道、国道、上水道の「三つの道」がなくとも移住者が絶えない稀有(けう)な町。北海道のほぼ中央に位置する「東川町(ひがしかわちょう)」である。東川町の取り組みは本や雑誌でも紹介されてきたが、ほとんどは事例紹介にとどまる。魅力ある取り組みの数々がどのように誕生し、住民意識や地域経済にどれほどのインパクトを与え、費用対効果はどうなっているのか。東川町の成功ストーリーの裏側にスポットを当て、取り組み成果をデータに基づいて評価したのが本書だ。
東川町の再生の出発点は写真による「文化で町おこし」である。写真甲子園では町民にカメラが向けられることで高校生と町民に交流が生まれ、さらに地域以外の人々にも認知されることで関係人口の増加につながった。本書では代表的な15の取り組みを紹介しながら、写真の町を基盤に東川スタイルが形作られていく様子を描く。過疎地指定から外れ厳しい財政運営を強いられる緊縮財政下(1995〜2007年度)では、移住・定住政策としての住宅・起業支援、「君の椅子」プロジェクトなどの木工産業育成、幼児センター・地域子育て支援センターの整備など、数は少なくとも東川スタイルの芽生えとなる事業を展開。積極財政へ転換された08年度以降は、堰(せき)を切ったように新事業が次々打ち出される。「KAGUの家」ヴィレッジ、図書館・美術館・博物館を併せ持つ複合施設「せんとぴゅあⅡ」など、文化で町おこしを象徴する事業によって東川スタイルが確立されていく。
本書から浮かび上がる東川町の成功要因は二つ。一つは町に「暮らす人」が主人公という点。多くの自治体が行う「〇〇温泉がある」的な観光資源PRでは移住したときの生活や働くイメージが湧いてこない。写真甲子園には写真を撮る高校生と被写体になった町民が会話する姿、「君の椅子」プロジェクトには自分が作った椅子が町の人々に使われる姿が見える。二つめは取り組みに対する役場職員の熱量。積極財政を可能にしたのは国の財政メニューの活用だが、複雑な国の制度を徹底研究する役場職員の存在なくして実現はあり得ない。「利用できるものはすべて利用する」姿勢は15の取り組みすべてに共通する。
本書は市町村で地域再生・活性化に取り組む行政担当者に新たな気づきと勇気をもたらすはずだ。地方移住を検討している人も移住先選びで見落としていた点が学べる。地域にはまだできることがたくさんある。こう感じさせる良書だ。
(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)
中村稔彦(なかむら・としひこ) 1969年生まれ。明治大学大学院政治経済学研究科博士後期課程単位取得。専修大学社会科学研究所客員研究員などを経て現職。財政学、地方財政論、公共政策が専門。