華人社会のキング牧師、王清福の伝記を読む=菱田雅晴
中国 ファースト“華裔美国人”(中国系米国人)
アジア系に対するヘイトクライムが急増している米国。トランプ元大統領の「中国ウイルス」発言がきっかけともされるが、最大の背景は人種構成の変化にある。米国のアジア系人口は2019年に2320万人に達した。その後も増加し、40年に3480万人、60年には4620万人に達するとも予測されている。
このため、アジア系米国人の歴史を学校で教える動きが広がっている。イリノイ州が21年に州法として義務づけた後、ニュージャージー、コネティカットと続き、ニューヨーク市も24年からすべての公立学校1600校で必修とする方針を決めた。ニューヨーク市では、1990年に49万人だったアジア系人口は2019年で120万人に増え、市内でアジア系を狙った憎悪犯罪は21年に130件超と前年比4倍に増えている。その学習内容には華人排斥法や第二次世界大戦中の日系人の強制収容などが含まれるという。
その際、必ずや取り上げられるだろう人物が王清福(1847~98年)。山東省即墨生まれで20歳で渡米、サンフランシスコを中心に英語で活躍した作家、活動家であり、その数奇な一生を伝えるのが蘇思綱著、盧欣渝訳『走出帝国:王清福的故事』(上海文化出版社、2021年)である。
当時の米国では、南北戦争を経て大陸横断鉄道の建設が始まり、カリフォルニアを中心に清国から移住してきた中国系が労働力として多用されたが、アジア系の生活習慣、宗教などが欧米系住民とは異なることから偏見と差別の対象となり、中国人排斥や排日運動が起こった。華人排斥法(1882年)による市民権排除に対し、王清福は米国初の中国人有権者協会、華人平等権利連盟を設立し、1893年1月26日、議会でギアリー法(1896年)への意見陳述をするなど、米議会で証言を行った初の中国人となった。
「中国系米国人」という語を最初に使用したのも米国籍を取得して米国公民となった王清福であり、20世紀のアフリカ系を中心とした公民権運動の先駆けでもあり、華人世界のキング牧師とも称される。米中間の対立が懸念される昨今、先人の労苦と業績に思いを馳せる、本書にそんな狙いをみるのはうがち過ぎだろうか。
(菱田雅晴・法政大学名誉教授)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。