資源・エネルギー

鈴木一人教授にインタビュー「経済安保は国全体の利益を守る。企業は自分で身を守りながらリスクを取れ」

 グローバリズムが大きな曲がり角を迎えたいま、「経済安全保障」の構築は喫緊の課題となった。日本の守りは大丈夫か。国際政治・経済に詳しい鈴木一人教授に聞いた。

(聞き手=加藤結花/金山隆一/大堀達也・編集部)>>>特集「ここで勝つ!半導体・EV・エネルギー」はこちら

自由貿易の維持が最も重要だ 対中国で優位性ある技術を守れ=鈴木一人 東京大学公共政策大学院教授

── 「経済安全保障」をどう定義するか。

■一つかみにするのは難しいが、一般的な定義は「意図せざる問題が発生したとき、政治的な手段を用いて自分たちの経済的な価値や利益を守っていくこと」だ。

── なぜいま、経済安全保障が重要なテーマとなったのか。

■第二次世界大戦後、国際経済の基本には、安全保障上の対立関係にはない国同士が取引する「自由貿易」があった。西側諸国ではGATT(関税貿易一般協定)やWTO(世界貿易機関)という自由貿易を進める仕組みも整えられた。

 ところが冷戦が終結すると、従来西側と敵対関係にあった中国やロシアといった“価値や規範を共有していない国々”が国際秩序の中に組み込まれた。そこでは、相互依存関係は強まるのに政治的対立はなくならない国と自由貿易をする矛盾に直面した。例えば米国は最大貿易相手国の中国と経済的に依存し合いながら、政治的にはけんかをするという不思議な状況が生まれた。グローバリズムの下で自由に商売や貿易を行い、好条件の国で生産する時代は終わった。

 そうした中で「アメリカファースト」を主張するトランプ元米大統領のような「自国第一主義」を掲げるリーダーが現れ、「野放図な自由貿易は問題だ」との機運が世界に広がった。根底には自由貿易に加わった中国が、非常に強い経済力を持つに至ったことがある。これが経済安全保障に脚光が当たるようになった理由だ。

── 米国が考える経済安全保障とはどのようなものか。

■実は、米国に“経済”安全保障という言葉はない。あるのは「国家安全保障」であり、その中に経済領域がある。要するに国家安全保障の枠組みの中で経済問題を考える。問題とは「サプライチェーン(供給網)」と「技術覇権」をいかに維持するかだ。これらは米国の国防を含む基幹インフラに関わる重要問題であり、近年、焦点になっているのが半導体だ。

 きっかけは、2021年2月にテキサス州を襲った寒波によって同州に集積する半導体工場が停止、供給が滞り半導体不足が発生したことだ。この状況で日本のルネサスエレクトロニクスで工場火災が起きマイコンやアナログ系半導体も不足。コロナ禍で物流も止まった。半導体不足は意図的に起きたものではない。これを深刻に捉えた米政府は、台湾TSMCや韓国サムスンの誘致に動いた。

 サプライチェーンにおける「レジリエンス(回復能力)」の基本は「オンショアリング(自国に生産拠点を作る)」と「リショアリング(海外に移った拠点を国内に戻す)」だからだ。それが難しい場合は「フレンドショアリング(友好国に自国の必要な工場を建てる)」を考える。安定供給が第一で、それが意図的か非意図的かは問題としない。これが米国の安全保障の基本的な考え方だ。

半導体で世界トップ企業になった台湾TSMCの工場(台中市) Bloomberg
半導体で世界トップ企業になった台湾TSMCの工場(台中市) Bloomberg
同社が熊本県菊陽町に建設する工場の予定地
同社が熊本県菊陽町に建設する工場の予定地

日米で異なる守り方

── 同じ半導体不足でも、日本では米国のような安全保障問題にまで深まらなかった理由は。

■米国と違い日本には“最先端”を必要とする産業がないからだ。

 防衛産業・技術で世界の追随を許さない米国と、防衛産業を持たない日本とでは、経済安全保障の考え方が違って当然だ。

 米産業界は、防衛から民生機器に至るまで、最先端を含めあらゆる半導体を必要とする。例えばスマートフォンやデータセンターのサーバーに使われるのは回路の線幅が5ナノメートル(ナノは10億分の1)の最先端製品だ。アリゾナ州のTSMC工場が5ナノ製品の製造に乗り出す。

 一方、日本で24年に稼働予定のTSMC熊本工場が製造するのは基本的に28ナノ製品になると見られる。これは日本産業界の半導体需要のボリュームゾーンが、デジタルカメラのイメージセンサーやクルマ向けの半導体であり、それが28ナノ程度だからだ。

 このように日本は産業構造も経済安全保障も米国とまったく異質という前提で考える必要がある。

── 日本の経済安全保障を考える上で最も重要なことは何か。

■「自由貿易」を堅持することだ。国際分業体制では1カ国でも欠けるとモノの供給が止まるからだ。

 半導体を例に考えると、日本は製造装置や検査装置のほか、フッ化水素など一部の材料で強みがある。韓国や台湾にもそれぞれ強みがある。国際分業では比較優位が働くから、ある領域で競争力のある企業が多ければ、その国に集中することになる。つまり、国際分業に加わる国はどこも、その産業における「チョークポイント(息の根を止める急所)」になり、サプライチェーンからはじき出されると全体が機能不全に陥る。

「恫喝」に備える

── そのサプライチェーンには中国が組み込まれている。

■そこが問題だ。日本にとって重要資源と生活必需品の供給元となる中国が、例えば「技術を供与してくれなければ、供給を止める」と恫喝(どうかつ)してきた時、日本として対抗策を用意しておくのも、経済安全保障だ。特に、半導体や蓄電池など安全保障上の重要分野では、経済と防衛の両面で日本の優位性を保つべき技術を守る必要がある。自由貿易だからこそ「相手に自由にさせてはいけない部分」を決めておく必要がある。

── 実際には、どのようにして経済的価値を守ればよいか。

■今年5月に成立した「経済安全保障推進法」は、(1)重要物資のサプライチェーン強化、(2)基幹インフラの安全確保、(3)先端技術開発での官民協力、(4)軍事技術に関わる特許の非公開──という4本柱からなる(「重要キーワード」参照)。

 あえてこの法律に引き付けて考えると、ポイントは二つある。

 一つ目は、敵から“意図的な攻撃”を受けた場合に、どう守るかだ。実例は、10年に起きた「レアアース対日輸出禁止」問題だ。当時、尖閣諸島周辺の海域で中国の漁船が日本の海上保安庁の船に体当たりし、保安庁が中国船の船長を逮捕する事件が起きた。中国側は船長を解放しなければ、レアアースの供給を止めると日本側に要求してきた。このように経済的な手段を用いて、政治的な意思を押しつけることを「エコノミック・ステートクラフト」という。

 こうした意図的な攻撃に対しては、4本柱のうち「(1)重要物資のサプライチェーン強化」「(2)基幹インフラの安全確保」がポイントになる。どちらも意図的な攻撃に対する防御のための手段だ。

 二つ目は、政治的に対立する国が、経済的手段を使って自国の軍事的・経済的・技術的な能力を高めようとする問題にどう対応するかだ。米国でいえば「技術覇権」の問題に当たる。

 従来、中国は産業スパイを使って日本の技術情報を窃取し、最短でキャッチアップを図ってきた。技術格差を埋められ経済的アドバンテージを失うと、いまの軍民融合の時代では、結果的に軍事的優位性も失うことになる。

 日本において技術流出問題は、これまで「外国為替及び外国貿易法(外為法)」の枠組みで対処してきたが、新法では「(3)先端技術開発での官民協力」「(4)軍事技術に関わる特許の非公開」で対応することになる。

哲学なき日本

── 経済安全保障のポイントを政府や省庁は共有できているか。

■所轄によって見ているポイントが違うという問題がある。警察や公安は技術流出に関心があるが、経済産業省は供給網を重視する。さらに政治家は食糧安全保障が大事だというなど一貫性がない。

 実は今回の新法は、もともとバラバラに作った四つの法案の寄せ集めに過ぎない。最初から「経済安全保障」がコンセプトだったわけではなく、集めたものに一番大きな「網」をかけようとして経済安全保障という言葉を使った。だから法律の性格も分かりにくい。所轄する各省庁が自分の都合のいいように解釈した結果だ。

── 内閣官房内に設ける「経済安全保障室」の中身は。また、うまく機能するのか。

■これまでの「法案準備室」を縮小し、基本的に経産・財務・外務・防衛・警察から人員を出し合う形になるのではないか。だが、組織作りや経済安全保障のために何をどう差配するかの前に、「守るものは何か」を考えるべきだ。また、しっかりした「哲学」がないまま法律ができてしまった。経済安全保障という“言葉”が先走ってしまったようだ。

「国任せ」の企業は怠慢

── 経済安全保障は「国」が考えるべき問題か。

■基本的には国の問題だ。例えば、「これは輸出するな」とラインを引くが、それは国の根幹に関わる経済的価値を守るためで、個別企業を守るためではない。そのラインの外で、どこまでリスクを取って輸出するかは企業の問題だ。

── 政治的対立があっても諸外国は柔軟に対応している印象だ。

■日本と比べて、諸外国が中国とうまく付き合っているという一面は確かにある。ただ、これは諸外国の政府というより企業がリスクを取っている結果だ。

 米中対立が激化する中でも、中国市場を取りにいっている米EV(電気自動車)メーカーのテスラが典型的だ。「アニマルスピリット」であり企業活動の基本だ。

 この点、日本企業は「リスク」や「政府」を気にし、無難な選択をしがちだ。結果、中国市場でうまく立ち回れないように見える部分もある。また、日中間で問題が起きたとき、日本企業が自ら尻込みするのは問題だ。

── トランプ政権時、米半導体業界は最先端製品の対中輸出を規制されたが、最先端以外は中国への輸出を伸ばしている。

■政府に「ダメだ」と言われたら全部やめてしまうのではなく、米国企業が自ら、ラインがどこにあるのか見極めて輸出した結果だ。中国でもTSMC南京工場が15ナノや12ナノの半導体をすでに製造しているので、そのレベルまでは中国に輸出しても問題ない。しかし、10ナノ以下になると中国は製造できないので、「技術優位を保つために輸出はしない」といったことは企業側で判断すべきだ。

 自分の商売のリスクは、自分で把握すべきだ。分からなければ、弁護士などに頼んで調べればいい。それをせずに、「政府に決めてほしい」とお上任せにする癖を日本企業は改める必要がある。

(構成=大堀達也・編集部)


 ■人物略歴

すずき・かずと

 1970年生まれ。2000年英国サセックス大学院博士課程修了。北海道大学公共政策大学院教授などを経て20年10月より現職。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

8月23日号(8月16日発売)

電力危機に勝つ企業12 原発、自由化、再エネの死角 オイルショックを思い出せ ■荒木 涼子/和田 肇15 電力逼迫を乗り越える 脱炭素化が促す経済成長 ■編集部16 風力 陸上は建て替え増える 洋上は落札基準を修正 ■土守 豪18 太陽光 注目のPPAモデル 再エネは新ビジネス時代へ ■本橋 恵一2 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事