スコットランド王国の物語を解き明かす=評者・藤好陽太郎
『スコットランド全史 「運命の石」とナショナリズム』 評者・藤好陽太郎
著者 桜井俊彰(歴史家) 集英社新書 946円
「運命の石」を軸に描く独立に揺れる王国の歴史
スコットランドで、英国からの独立を問う2度目の住民投票が行われるかどうか、注目が集まっている。スコットランド議会は独立派が過半数を占め、スタージョン自治政府首相が投票を行う考えを示したためだ。
本書は、そのスコットランドの王が代々戴冠する際に座る「運命の石」を軸に、イングランドとの抗争や、フランスとの絆をひもといていく。英国は欧州連合(EU)を離脱したが、スコットランドが逆に英国のくびきを逃れ、欧州を志向する理由も透かし見せてくれる。
石には、ケニス・マカルピン以降、30代に及ぶスコットランド王が座り、戴冠してきた。『旧約聖書』に登場するヤコブが枕にした石は、「運命の石」であるとの伝説もあり、「スコットランドの魂というべき大切な存在」なのである。
ところが、中世最強のイングランド王・エドワード1世は1296年、スコットランドの独立を奪う。スコットランド王はフランス王と軍事同盟を結び、イングランドと戦った。同盟はイングランドのエリザベス女王によるスコットランド侵略まで265年も続く。スコットランドとフランスには強い紐帯(ちゅうたい)があるのだ。
エドワード1世はスコットランド征服の証しとして「運命の石」をロンドンに持ち去り、ウェストミンスター寺院の戴冠式用の椅子の下にはめ込む。グレートブリテン島全体を統一できたと思った瞬間であろう。ところが、スコットランドは逆に団結し、ロバート・ブルースがスコットランド王として王国を再建。「われらは決してイングランドの支配に甘んずることはない」と宣言する。
14世紀のスコットランド修道士による書物には、「この石のあるところ、われらスコット人が統治する」との予言が書かれている。だが、スコットランドに石は戻ってこない。時代が下り、1603年にスコットランド人の王ジェイムズが、イングランドとの「同君連合」の王となる。そしてロンドンの同寺院で、石に座り戴冠する。「運命の石のあるところ、すなわちイングランドの王となり」、予言がかなうのである。
石は1996年にスコットランドに返還されるが、独立の機運は高まる一方だ。そこにはイングランド支配への反発とフランスとの同士的関係性が見え隠れする。ただ、現在のエリザベス2世はスコットランドの元首でもあり、著者は英国から独立すればスコットランド人は国王を失うが、それができるのかと問う。スコットランドの政治と歴史への洞察を深めてくれる良書である。
(藤好陽太郎・追手門学院大学教授)
桜井俊彰(さくらい・としあき) 国学院大学文学部史学科卒業、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)史学科大学院中世学専攻修士課程修了。著書に『消えたイングランド王国』など。