同人コミック販売店「とらのあな」はオンラインにシフト=永江朗
同人コミックの販売で知られる「とらのあな」が、池袋店(東京)を除く全店を8月31日をもって閉店する。同店を運営する株式会社虎の穴が7月5日に発表した。
同人コミックとは、出版社ではなく、サークルや個人が発行・発売するコミック。同人誌コミック、コミック同人誌などとも呼ばれる。出版社→取次→書店という主流ルートに乗らないものが多く、ファンにとって同店は貴重な存在だった。
とらのあなは1994年に秋葉原(東京)に1号店を開店。たちまち話題となり、全国に店舗を展開していった。また扱い商品もコミックだけでなくゲームやアニメに関連するもの全般へと拡大した。世の中のオタク・ブーム、サブカルチャー・ブームにうまく乗ったともいえるし、とらのあながブームをけん引したともいえる。
前述の通り同人誌の多くは出版社や取次を通さないので、作り手にとって利益率が高い。一般商業誌での創作・発表をやめて同人誌に転じるプロ作家もいるほど。かつて筆者が取材したある作家は「同人誌なら自由に創作できるし、もうけも大きい」と言っていた。
しかし、とらのあなは2010年代になると店舗を減らしていく。そこにコロナ禍が襲った。同人コミックの作家とファンにとって最大のお祭りであるコミックマーケットも、中止や延期を余儀なくされた。とらのあなも20年春ごろから急速に店舗を減らし、ついにこの7月、冒頭の発表に至った。
一気に大量閉店する直接の理由はコロナ禍だが、株式会社虎の穴の経営が不振というわけではない。同社の発表によると通販やウェブサービスの売り上げは順調に伸び続けている。つまりコロナ禍によりリアル店舗の売り上げは大きく減らしたが、オンラインでの売り上げはそれを補って上回る勢いで伸びているのだ。10年代に入って進んでいた同人作家の創作と発信のオンライン化、ファンの購入ルートのオンライン化が、コロナ禍によって更に促進されたともいえる。
デジタル化とコロナ禍で消費者の行動様式は変わった。とらのあなの大量閉店は環境への適応である。
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