教養・歴史書評

キッシンジャー氏が戦後世界のリーダー6人のミニ評伝を刊行=冷泉彰彦

アメリカ 議論呼ぶキッシンジャー氏の著書

 ヘンリー・キッシンジャー氏は、米ハーバード大学の国際政治学者からニクソン政権の特別補佐官(国家安全保障問題担当)に転身し、後に国務長官としてニクソン、フォード両政権を支えた。この間に、隠密外交と言われるほど頻繁に世界中の要人との交渉を繰り返し、米中国交回復とベトナム和平などを実現した。そのキッシンジャー氏は2010年代以降、著書を次々に刊行している。

 まず、毛沢東との交渉の内幕を描いた『中国』(2010年)。また、『国際秩序』(14年)ではこの時点での世界情勢を地域別に分析している。さらに、今年7月には『リーダーシップ 世界戦略に関する六つのケーススタディー』が出版された。

 これは、六つの「リーダーシップのケース」を論じたものだが、要するに戦後世界における卓越した指導者のミニ評伝を並べたアンソロジーである。

 例えば、西独初代首相のアデナウアーに関しては、主としてイスラエルとの歴史和解について評価している。仏大統領を務めたドゴールに関しては、英首相チャーチルとの比較論も交えて、アメリカと距離を置くことで国の基盤を固めた点ではドゴールのほうが上だとしている。

 切れ味が良く、また知的な文章は小気味良いのだが、賛否両論を呼んでいるのも事実だ。例えば、ニクソンに関しては「ベトナム、バングラデシュ、中東」などの問題で、粘り強く和平を追求したと評価するばかりで、ウォーターゲート事件などマイナス面には踏み込んでいない。

 エジプト元大統領サダトについては、果敢な先制攻撃からイスラエルとの和平へ持っていった戦略をベタ褒めしている。シンガポール初代首相リー・クアンユーに関しても、反共と独裁を貫きつつ成長戦略を確立した姿勢を絶賛し、英元首相サッチャーも同じく構造改革を貫き通した点を評価する、といった具合だ。

 全体として、現実主義の立場で一貫している点では、全く意外性はない。だが、このキッシンジャーの称賛する指導者たちは、まだ理想と現実のはざまで必死に知恵を巡らしていた。そのような歴史はトランプ前米大統領やロシアのプーチン大統領が君臨する現代にあって、かえって新鮮に見えるのもまた事実だ。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。

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