教養・歴史書評

無国籍/複数国籍は生きる上で違法/無法なのか?=評者・近藤伸二

『無国籍と複数国籍 あなたは「ナニジン」ですか?』 評者・近藤伸二

著者 陳天璽(早稲田大学教授) 光文社新書 1078円

国籍とは何か? 著者の経験と実例踏まえ未来を考える

 本書の題名が示すように、著者は国籍問題をテーマに研究を続けているが、原点は実体験にある。1971年、中華民国(台湾)籍だった華僑を両親として横浜中華街で生まれた。翌年の日中国交正常化・日台断交で、一家は中華民国、中華人民共和国(中国)、日本のどの国籍も選ばず、著者は人生の大半を無国籍者として生きてきたのである。

 その経験から、日本では無国籍者に対し、「『法の規範から外れた人たち』とみなし、(中略)マイナスなイメージを抱いている場合が少なくない」と指摘する。

 2016年には、民進党代表になった蓮舫氏の二重国籍問題が世間を騒がせた。父が台湾人、母が日本人の彼女は、生まれながらの二重国籍者だった。成人して日本国籍を選択したが、中華民国籍を離脱したと思い込み、手続きを怠っていた。首相にもなりうる立場にある政治家とあって、厳しい批判が相次いだ。

 この世論に違和感を覚えた著者は、複数国籍者や無国籍者の調査を重ねた。その成果である本書は、多くの実例を紹介し、人が生きていく上で国籍とは何なのか、という根源的な問いを突き付けている。

 米兵と日本人女性の間に生まれた男性は母の戸籍に登録されて日本国籍を取得し、「日本人として暮らしてきた」。だが、21歳の時、役所で確認すると、「間違っていました」の一言で戸籍を抹消され無国籍になった。

 韓国人を父、日本人を母に韓国で生まれた男性は、中国で育ち、日本の大学に進んだ。3カ国語が母国語同様の彼は「ナニジンなの?」という質問が苦手だ。成人して一つの国籍を選ぶ制度は「『父か母か、どちらかを選べ』といわれているようで、とてもナンセンス」と話す。

 こうしたケースから分かるのは、国籍とアイデンティティーは必ずしも一致しないことだ。法整備は追いついておらず、無国籍者や複数国籍者は生活上の不利益を被りやすく、深刻な悩みを抱えている人も多い。

 著者はNPO法人無国籍ネットワーク代表理事として、関係者の支援も行っている。著者は現場の実情も踏まえ、「なくすべきなのは、無国籍者や複数国籍者ではなく、国籍による差別意識ではないか」と訴え、「より現実主義的な『地域/共同体と個人』の紐帯(ちゅうたい)を考えるべき段階に来ているのではないか」と主張する。

 国際結婚や国境を越えた移動が当たり前になった今、国籍を巡る問題は身の回りでいつでも起こりうる。そんな時代に、一人でも多くの人に読んでもらいたい一冊である。

(近藤伸二・ジャーナリスト)


 ちん・てんじ 1971年、横浜中華街生まれ。筑波大学大学院国際政治経済学研究科修了。博士(国際政治経済学)。著書に『無国籍』、共編著に『パスポート学』など。近刊は絵本『にじいろのペンダント』(共著)。

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