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マーケット・金融異次元緩和を問う

不公正を増す中央銀行に未来はない=岩村充/8

 日本銀行が“異次元”金融緩和に踏み出して9年あまり。実験的政策の帰結から何をくみ取るべきかを識者に問う。貨幣の成り立ちからビットコインまでその本質を読み解いてきた日銀出身の岩村充・早稲田大学名誉教授は、中央銀行が分岐点に立っているとみる。»»これまでの「異次元緩和を問う」はこちら

 岩村氏はまず、連載の趣旨に疑問を呈した。日銀の異次元緩和が世界に例のない政策であることから「実験」と位置付けたのだが、どうにも看過できない言葉であるようだ。

岩村 金融政策で「実験」を行うことは、民意を直接付託されているわけではない中央銀行には許されていないと私は思う。実験を行いたいのなら、日銀は独立性を捨て、民主主義のプロセスの中に入るべきだ。選挙で選ばれた政治家であっても、人々の生活を実験材料にすることが許されるかどうかは微妙と思うが、少なくとも実験が裏目に出た場合には責任を負う。それが民主主義のルールだ。

 それでも独立機関が実験的な政策を行いたいのなら、うまくいかずに撤退する時、傷を小さくする方法だけは確保しておくべきだ。その方法として、私はかねてから「中央銀行保有国債の変動金利化」を提唱してきた。

 大量の長期国債を抱える日銀は、金融緩和の出口で金利が上昇する際に大きな損失が生じ、信認が傷つく可能性がある。日銀は自身の保有国債は原価で評価しているので信認は傷つくはずがないと主張しているが、日銀への信認は人々の「心」の問題で、日銀総裁が決める問題ではない。そのリスクを避けるため、保有国債を市場に連動して利回りが変化する変動利付き債に転換しておくわけだ。

 いささか刺激的なタイトルの著書『中央銀行が終わる日』で、岩村氏はこう案じた。

 中央銀行が「インフレを目指せば景気が良くなる」と言ったのに、実際に起きたのは企業利益の増加、つまり株主へのリターン積み増しだけで従業員への配分は増えず、しかも物価が跳ね上がる時に老後の蓄えが減るとなれば、人々の怒りは中央銀行に向く──この危惧は現実になりつつある。

岩村 中央銀行が「ゆるやかなインフレ」を目指す理由については大きく2点が論じられてきた。

 一つは流動性の罠(わな)だ。金融緩和で景気を刺激しようとしても、名目金利はゼロ以下に下げることができない。金利ゼロの銀行券が存在するためだ。だから、金利を引き下げる「のりしろ」を作るには、期待インフレ率をプラスに保った方がいいといわれてきた。

 しかし、この理屈は現在の中央銀行の矛盾を露呈するものだ。中央銀行はその目的に「物価安定」を掲げながら、実際にはインフレがなければ存在意義を発揮できないことを認めていることになる。

減価も増価もする貨幣

 成長経済のもとでは自然利子率、すなわち現在の豊かさと将来の豊かさとの交換比率も高い。現在の貨幣と将来の貨幣との交換比率である名目金利を自然利子率よりも引き下げることで、未来の豊かさを現在と交換する余地が十分にあった。ところが、成長率が下がってくると、中央銀行は流動性の罠にひっかかることが心配になって、「インフレがあった方がいい」と言い出す始末だ。

 こうなってしまうのは、そもそも貨幣の設計の仕方に問題があるからだ。現在の仕組みでは、貨幣(銀行券)の金利はゼロで、見合いの資産から上がる金利収入(シニョレッジ)は国庫に帰属する。そうではなく、貨幣をデジタル化してプラス・マイナス双方向の金利をつけることを可能にし、シニョレッジを通貨保有者のものとすればいい。

 問題は紙の銀行券の存在だが、方法はある。中央銀行通貨をデジタル通貨と紙の銀行券に二分し、紙の銀行券はデジタル通貨への投資信託受益証券として定義しなおせばいいだけのことだ。

 貨幣がデジタルになりプラスにもマイナスにも金利をつけられるようになることは、かつてハイエクが提唱していた通貨の発行競争の世界が到来することを意味する。さまざまな主体が資産を見合いに貨幣を発行するなかで、貨幣発行を独占できなくなった中央銀行は何を心掛けるべきだろうか。

 それは、公正な価値尺度としての貨幣の提供に徹することだ。貨幣の利子率を自然利子率に対応するよう決定し、提供し続ける。その役割の追求こそ政治から独立した専門機関にふさわしいはずだ。

 なぜゆるやかなインフレが必要なのか。もう1点論じられたのは、価格が凍りついたように動かなくなると、市場経済が効率的に機能しなくなることへの対応だ。

 モノやサービスの相対価格は、需要の変化や技術変化を反映し、柔軟に動き回ることが市場経済の機能発揮には不可欠となる。ゆるやかなインフレがあれば、同じ商品をいつまでも同じ価格で売ろうとすると、次第に利益が減って市場から消えるため、商品の新陳代謝が起こる──といわれた。

 ただし、消費者物価指数が動かないからといって、個々の品目の価格も動いていないとは限らない。そこで私が注目していたのは、個別の品目の価格の動きを具体的に観察した渡辺努・東京大学教授の研究だ。渡辺氏の観察によれば、物価指数が動かないなかでも、商品の新陳代謝は起きていたという。それなら「市場の効率性のためにゆるやかなインフレが必要」という論は成り立たないのではないか。

インフレ放置の不公正

 個別の品目の価格が凍りついているのか、動き回っているのかは、インフレ率が2%まで上がってきた今こそ重要な点だ。というのも、国際的なエネルギー・穀物の価格上昇が転嫁されているだけで、新商品や新サービスの開発競争に振り向けられる企業努力は衰えている可能性があるからだ。

 そもそもインフレが市場の効率維持に不可欠でないのなら、国際商品価格の急上昇が作り出した現在のような事態では、金利を上げることでインフレ圧力を先送りした方がいい。今の物価水準を抑え込んで外的なショックを将来に先送りし、物価上昇がなだらかなものとなれば、賃金や預金金利が外的ショックに追いつく時間的余裕が生まれ、インフレによる不公平は多少なりとも解決される。

 日銀は、異次元緩和なる政策に固執しているようだが、彼らは金利を低く維持することで、株式の資本収益率が潜在成長率を上回る不公正な状況を作り出しただけだったという現実を直視すべきだ(図)。潜在成長率は長期的に自然利子率に一致するが、豊かさが増した分を超える分け前を株式保有者が得るのなら、しわ寄せは労働者や預金保有者に回る。

 中央銀行が、価値尺度提供者としての中立性だけを語らざるをえない時はいずれやってくる。その覚悟がなければ、中央銀行に未来はない。

(岩村充・経済学者)

(構成=黒崎亜弓・ジャーナリスト)


 ■人物略歴

いわむら・みつる

 早稲田大学名誉教授。1950年生まれ、74年日銀入行、98年より早稲田大学教授。著書に『貨幣進化論』『中央銀行が終わる日』『国家・企業・通貨』(いずれも新潮選書)など。


 ※次回の掲載予定は9月13日号

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