週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

仲間の安打をベンチで喜ぶ姿の方が“甲子園”より尊い 慶応義塾高校野球部元監督、上田誠

高校野球の現状と課題について熱く語る 撮影=武市公孝
高校野球の現状と課題について熱く語る 撮影=武市公孝

上田誠 慶応義塾高校教諭、同校野球部元監督/48

 子供の野球人口の減少による影響は、すでに高校野球でも顕著になっている。「エンジョイ・ベースボール」を掲げ春夏4度の甲子園出場を果たした上田さんに話を聞いた。(聞き手=和田肇・編集部)»»これまでのロングインタビュー「情熱人」はこちら

── なぜ高校野球で「エンジョイ・ベースボール」を掲げられたのですか。

上田 私が高校、大学で野球をしていた頃は、上下関係とか理不尽なことが多かった時代でした。大学卒業後に神奈川県の県立高校の教諭をしていた時に、前田祐吉さん(1930〜2016年、慶応義塾大学選手、監督、20年野球殿堂入り)から、慶応義塾高校(横浜市)の野球部の監督をやってみないかとお誘いをいただきました。前田さんはたいへん進歩的な方で、「声なんか出すな」とか「髪の毛が短くて勝てるんだったら、坊さんはみんな甲子園に行っている」と言っていた方です。アメリカの野球を意識されていました。

 昭和初期に腰本寿さん(1894〜1935年、慶応大学選手、監督)という方が、慶応大学野球部の監督になられました。腰本さんはハワイ出身の日系人で、日本の野球界を知ってびっくりしたそうです。そもそもスポーツは明るく、楽しいものなのに、日本人は修行しているかのように野球をやっている。それで腰本さんは「エンジョイ・ベースボール」と言い始めたそうです。前述の前田祐吉さんは、その腰本さんの考えを受け継いでいて、私にこんこんと「エンジョイ・ベースボール」のお話をされました。それで私も「エンジョイ・ベースボール」を掲げて、慶応高校野球部で従来の高校野球のやり方みたいなものを、全部見直してやってみようと思ったわけです。

── 98年から99年にかけて、米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にコーチ留学をされましたね。

上田 アメリカでは野球の原風景を見ました。ピッチャーは力いっぱいボールを投げて、それをバッターは力いっぱい打ち返して、ゲームがスタートするという感じです。ベースボールというのは、そういう点取りゲームなわけです。しかし、日本の高校野球は試合の初回からバントをする。守備側も初回から前進守備をしている。日本の高校野球がそうなった理由は、大会が「負ければ終わり」のトーナメント方式だからです。だからミスが許されない野球を日本は追求してきた。練習でもミスを絶対許さないような、厳しい、戦場にいるかのような練習を選手に課すわけです。それが日米の違いだと感じました。

大人の過熱で高校野球を特殊なものに

── コーチ留学を終えて、05年に慶応高校は春の選抜甲子園大会に45年ぶりに出場しました。

上田 03年に推薦入試制度を導入したことも関係していたと思います。慶応高校の推薦入試制度は、野球強豪校のようなスポーツ推薦制度ではありません。学業成績やスポーツの実績、面接で入学が判断されます。

 その推薦制度の1期生で野球部に入った生徒たちが、05年に春の選抜甲子園に出場しました。「慶応は野球も勉強も一生懸命に取り組んでいる」と知られるようになり、野球をやりたいと思う全国の中学生が、一般入試でもたくさん受験してくれました。

── 野球が上手な子だけを入部させたのですか。

上田 当時はどんな子も野球部に受け入れました。初心者もいましたよ。95年に神奈川大会決勝に進んだ時にセンターを守っていた選手は、中学時代は卓球部。中学時代にバレーボールやハンドボールをやっていた子もいましたし、帰国子女もいました。

── それで大丈夫でしたか。

上田 うちの野球部出身で、いまプロ野球で活躍しているある選手がいるのですが、彼は中学時代に野球で全国屈指の成績を上げていて、いわゆる鳴り物入りで、野球部に入ってきました。その時は初心者の子もたくさん入部していて、それで鳴り物入りで入ってきたそ…

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