マーケット・金融 金利
景気後退懸念の米国で社債など信用リスク高まる 守山啓輔
金利上昇で米国では社債市場などに異変が起きている。信用危機にも発展しかねないなか、日本企業の取るべき道は。
日本企業は危機を好機にできる
米国では物価上昇が急速に進み、金利上昇、企業業績予想の下方修正と景気後退に向けた動きが強まっている。財務内容の悪い企業は金利支払い負担が高まれば、銀行借り入れや社債の返済に困難をきたしかねない状況だ。政策金利の急ピッチな引き上げが今後も見込まれる中、信用リスクが上昇する、すなわちクレジット(社債、借り入れなど)危機の懸念が高まるのではと市場は関心を高めている。
信用リスクの上昇に対する市場の懸念を最もよく表すのは、ハイイールド債と投資適格債の価格動向である。ハイイールド債とは、利回りは高いが、信用度は高くない企業が発行する社債、投資適格債とは、主に格付け会社がトリプルB以上に格付ける信用度の高い社債を指す。図1は、投資適格債(青の折れ線)とハイイールド債(黒の折れ線)の年初来の価格の推移を示したものである。
金利が上昇しているため、すでに発行されている社債の利回りは相対的に低くなり、妙味が減るので、価格は共に低下している。しかし、その下げ度合いは異なる。ハイイールド債の価格から投資適格債の価格を引いたものが、灰色の線だ。灰色線が右肩上がりの場合は投資適格債の下げが大きく、右肩下がりの場合はハイイールド債の下げが大きいことを示し、4月中旬に屈曲点がある。
これは4月中旬まではハイイールド債が投資適格債より下げ幅が小さく済んでいたが、それ以降は逆転して投資適格債の下げ幅が小さいことを示している。すなわち、4月中旬までは表面金利がより高いハイイールド債を選好する投資家が多かったが、それ以降はハイイールド債の信用リスクの高さが避けられ始めたことを意味する。
強調したいのは、4月中旬の時点で市場の懸念は単なる金利上昇から信用リスクに移っていたことである。思い起こせば当時の米連邦準備制度理事会(FRB)のシナリオは「米国の景気が強いうちに金融引き締めを積極的に行い、インフレを退治する」であった。FRBの当初シナリオが4月中旬の時点で既に揺らぎ、市場は景気後退と企業業績悪化を織り込み始めていたことは注目しておきたい。
株式公開は難しい環境に
社債市場など直接金融に加え、間接金融(銀行融資)においても、信用リスクの上昇を反映して銀行の貸出基準が厳格化している。
図2はセントルイス連銀がまとめた国内銀行の貸出基準の変化を追ったものだ。コロナショック勃発後に短期間に厳格化した貸出基準は、その後の金融緩和や各種支援策によっていったんは緩和したが、2021年第3四半期から再び厳格化の方向に向かっている。銀行は貸し出しに当たってより高い金利を要求し始めている。
市場が予想するFRBの金利引き上げペースも月を追うごとに「より高くより長く」なっている。
図3は4カ月前と比べて市場が予想する米国の政策金利の利上げシナリオがどう変化したかを示している。黒が22年5月末時点の予測、青が同9月末時点の予測である。23年2月1日の米政策金利(FFレート)の予測は、5月末時点では2.75%だったが、9月末時点では4.5%に急上昇。この4カ月間でより厳しい金融引き締めが必要になるとの見方が強まった。
ハイイールド債の価格は株式市場との連動性が高いこともあって、足元で一段と下げ足を強めている(利回りは上昇)。注視したいのは低格付けの新興企業の動向である。新興企業は借り入れの条件が厳しくなっていることに加え、金利上昇による金利負担の増加や成長力の低下を受けて企業価値が下落し、株式公開(IPO)による出口戦略が難しくなっている。
逆手に取って飛躍の好機
米国の金融機関の健全性は08年のリーマン・ショック時に比べて高く、現時点でクレジットクランチ(貸し渋り)に陥る可能性は小さい。しかし、しつこいインフレを抑え込むための金利上昇が財務内容の悪い企業の体力をどこまでむしばむのかは、見極めが必要である。
一方、日本企業の財務体質は良好で銀行の健全性も総じて高いため、現在のところ信用危機は起こりにくい。企業は超低金利の資金調達環境が維持されれば、成長投資やM&A(合併・買収)など攻めの経営が可能である。銀行借り入れや社債発行は安定的に推移しており、銀行の貸し出し姿勢も前向きである。
これに対し、新興企業は戦略の転換を余儀なくされている。株安で新興企業のIPOの道が狭くなっているためである。今後、新興企業の出口はIPOよりもM&Aへ向かう可能性がある。新興企業の買い手候補となる大企業の資金調達環境は良好で、買収資金を一時的借り入れであるブリッジローンで調達し、その後社債を発行するという道筋も付けやすい。
ここでポイントとなるのは、日本の大企業がその財務体力を生かせるかである。2010年代の日本企業は、リーマン・ショック後に金融機関の融資姿勢が厳格化した記憶が生々しく、多くの企業がバランスシートの強化、特に現金のため込みに走った。国内消費も盛り上がりに欠けたため、国内投資より内部留保の充実を選ぶ企業が増加した。20年代に入り、財務体質が格段に改善して攻めの経営ができるようになった日本企業は、気が付けば主要経済圏の中でも特異なポジションに立っている。この機会を逃さずに飛躍の好機にすべきだろう。
(守山啓輔・PwCアドバイザリー ディレクター)
週刊エコノミスト2022年10月25日号掲載
米で社債など信用リスク高まる 日本企業は危機を好機にできる=守山啓輔