経済・企業

どうなるインフレ、利上げ、景気後退=斎藤信世/白鳥達哉(編集部)

米国の景気後退は「回避」の見方も 秋以降に世界的な大転機=斎藤信世/白鳥達哉(編集部)

 米国や欧州を中心に世界でインフレが加速し、中央銀行が急速な利上げによって金融引き締めを行っている。ロシアによるウクライナ侵攻も先行きが見通せず、世界経済の行方に懸念が高まるが、世界のGDP(国内総生産)の4分の1を占める米国は実は意外と底堅そうだ。米国のインフレ率は年末にかけて徐々に下がっていく見通しで、景気後退は避けられるとの見方も広まっている。(世界経済総予測’22下期 ≪特集はこちら)

マンハッタンの三つ星フレンチレストラン「ル・ベルナルディン」Bloomberg
マンハッタンの三つ星フレンチレストラン「ル・ベルナルディン」Bloomberg

 ニューヨーク市マンハッタン区にあるミシュランの三つ星フレンチレストラン「Le Bernardin」(ル・ベルナルディン)。ディナーのコースが1人295㌦(約4万円)、料理にワインをペアリング(組み合わせ)すれば445㌦(約6万1000円)の高級レストランだが、午後6~9時の時間帯は8月末まで予約が取れないほどの人気だ(7月中旬時点)。

 米労働省が7月13日に発表した6月の消費者物価指数(CPI、総合)は前年同月比9.1%上昇し、1981年11月以来、約40年半ぶりの高水準。しかし、特に高所得層の消費の足元は高インフレなど「どこ吹く風」で、大和総研ニューヨークリサーチセンターの矢作大祐主任研究員は「高所得層は新型コロナウイルス禍の株高で資産価格が上昇し、それがバッファー(余裕)となってサービス消費に向かっている」と話す。

 コロナ禍で生産活動や物流などの回復が遅れる中、経済活動が徐々に再開するにつれて昨年から顕在化したインフレ。各国中銀がインフレ対策として金融引き締めに転じ始めた矢先の今年2月、ロシアがウクライナに侵攻した。エネルギーや穀物価格の高騰を引き起こし、米国市民の間にはインフレへの不満も高まる。ただ、消費の勢いが依然として強いことも、高インフレの要因にある。

 それを支える背景の一つが、米株価の踏みとどまりだ。年初からの金融引き締めに伴って、米S&P500株価指数は今年6月、年初から一時、2割以上も下落したが、それでもなお7月下旬時点でコロナ禍前の高値を上回って推移する。また、ソニーフィナンシャルグループの宮嶋貴之シニアエコノミストは「賃金上昇や家賃の高騰という労働市場と住宅市場の過熱がインフレ圧力となっている」と指摘する。

 FRBの急速な利上げは、確かに景気を冷やす。ただ、過熱している景気を冷やすことでインフレ率が鈍化すれば、FRBも利上げペースを徐々に落とし、景気後退は避けられるのではないか──。民間金融機関やシンクタンクにはそうした見方も強まっている。本誌が国内主要16社に7月19日時点で米国の景気後退入りの時期についてアンケートしたところ、7社が今後、23年中の景気後退を見込んでいないと回答した(表1)

インフレに鈍化の兆し

拡大はこちら

 また、米国のインフレ率についての各社の回答も、年末に向けて鈍化していく見通しだ。実際、鈍化の兆しは、すでに表れている。米ミシガン大学が7月15日に発表した消費者調査によれば、1年後の予想インフレ率は5.2%と前月から0.1ポイント下がり、5年後も半年ぶりに0.3ポイント低下して2.8%となった。あとはFRBが実際にインフレ率を抑制できるかどうか、年内が勝負の時となる。

 ただ、米国が景気後退を回避できたとしても、世界経済にリスクはある。その一つが欧州だ。欧州中央銀行(ECB)は7月21日の理事会で、11年ぶりに政策金利の0.5%引き上げを決定した。ユーロ圏の6月の消費者物価指数(HICP、総合)は前年同月比で8.6%上昇し、前月に続いて過去最高を更新したが、エネルギーのロシア依存度が高い欧州でインフレは容易に収まりそうになく、景気後退リスクが高まっている。

 日本でも年末にかけて、インフレ圧力は高まる見通しだ。6月のCPI(総合)は前年同月比2.4%上昇と、消費増税の影響を除けば約30年ぶりの高水準。日銀も7月21日に公表した「経済・物価情勢の展望」(展望リポート)で、22年度の物価見通しを前年度比2.3%と、前回4月時点の1.9%から引き上げた。日銀が物価目標とする2%がいよいよ視野に入ってきた。

 金融市場では今、黒田東彦総裁の任期満了を来年4月に控え、日銀が金融緩和策を修正するのかどうかにもっぱら話題が集中する。黒田総裁が13年4月に就任後、10年近く続けた異次元緩和だが、三井住友トラスト・アセットマネジメントの登地孝行エコノミストは「今回の展望リポートでは、日銀が足元の予想インフレ率や賃金の上昇を評価しており、次期総裁任期での金融緩和の修正を示唆しているとみていいだろう」と話す。

 黒田総裁の後任候補の人選は今後、本格化する見通しで、現時点で名が挙がるのは雨宮正佳副総裁や中曽宏元副総裁。ここまでの異次元緩和の結果、日銀の国債保有残高はいまや500兆円を超え、緩和策を維持すれば残高はさらに増え続けてしまう。しかし、修正すれば政府の利払い費負担が増えて景気も冷やし、金融市場も身構えることは必至だ。

 今後の国際社会は重要日程が目白押しだ。今年11月には米国で中間選挙が実施されるほか、今秋には5年に1度の中国共産党大会も控える(表3)。世界は今、まさにこれから大きな転機に差し掛かろうとしている。

(斎藤信世・編集部)

(白鳥達哉・編集部)

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事