日本の消費者物価も3%近くまで上昇の見込み=武田淳
日本でも物価上昇率が2%を超えてきた。しかし、デフレ脱却を歓迎する声は皆無に等しい。>>>特集「世界経済総予測’22下期」はこちら
輸入品高騰によるインフレだけは賃金アップを生まない=武田淳
日本の物価が上昇している。欧米ほどではないものの、日本の6月の消費者物価指数(CPI、総合)は前年同月比2.4%上昇を記録し、前月に続き高い伸びとなった。特に、エネルギー価格高騰を受けた「電気・ガス・水道」(15.4%上昇)やガソリンなどの「石油製品」(13.3%上昇)、天候不順や輸送コスト増による「生鮮食品」(6.5%上昇)の伸びが目立った。
また、巣ごもり需要が堅調な「家具・家事用品」(3.9%上昇)や、輸入品価格の高騰が波及した「穀類」や「菓子類」などの食品で全体を上回る伸びとなった。今年1月からの変化を見ると(図1)、昨年の携帯通話料金の値下げによる効果の大部分がはく落した「通信」でマイナス幅が縮小し(1月34%下落→6月10.8%下落)、物価上昇急加速の主因となった。
日銀が金融政策を判断する上で参考とする「生鮮食品を除く総合(以下、コア)」も、1月の0.2%上昇から5月(2.1%上昇)、6月(2.2%上昇)へ伸びを高め、2%の「物価安定の目標」が導入された2013年1月以降、消費増税の影響を除けば3カ月連続で2%を上回った。日銀は念願のデフレ脱却に向けた目標を9年かけて達成したことになる。
しかし、政府は燃料価格の上昇抑制のため兆円単位の予算を確保するなど物価対策に躍起となっており、目標達成を歓迎する声は皆無に等しい。物価の上昇が歓迎されない理由は何か。
1点目は、物価上昇の原因がもっぱらエネルギー資源や食品価格の高騰であり、これらの多くを輸入に頼る日本は価格上昇分が海外への所得流出となる。望ましい物価上昇は国内の需要と供給だけで発生する「ホームメード」のインフレであり、その場合は供給量を増やすため雇用や設備投資が拡大し、賃金の上昇も伴って新たな需要を生み出す好循環につながりやすい。
所得は実質マイナスに
2点目は、所得を目減りさせるためである。5月の平均賃金は前年同月比1%上昇にとどまり、消費者物価の伸びを下回った。諸手当など変動の多い「特別給与」を除いても1.5%上昇であり、賃金上昇は物価上昇をカバーし切れず、所得は実質的にマイナスだ(図2)。
物価上昇への警戒感も強まっている。日銀の「生活意識に関するアンケート」6月調査では、今後1年間の支出を考える上で、「物価の動向」を重視するとの回答が前回3月調査の49.9%から60%へ上昇(複数回答)、トップとなった。
今回の物価上昇の大部分が国内に起因せず、それゆえにインフレと景気後退が同時進行する「スタグフレーション」に陥る懸念がある点にも留意が必要だ。通常は、価格が上昇すれば代替品へのシフトを含め需要が減少し、その結果として需給バランスが崩れて価格が下落することで、適当な価格水準に落ち着くことが多い。
だが、必需品かつ代替品がない場合はこうしたメカニズムが働かず、価格上昇をただ甘受して購買余力は低下し、他の需要が落ち込んでしまう。こうした状況に対し、生産拡大や代替品の開発などの対策が不十分な場合、景気は後退しても物価上昇は収まらず、スタグフレーションとなる。
現在のインフレの根本的な原因は、ロシアのウクライナ侵攻による供給制約だが、ウクライナ侵攻はいまだ解決の見通しは全く立っていない。今後も、世界のエネルギーや食料市場でロシアやウクライナからの供給が滞り、代替手段が不十分な状況が続けば、日本でもスタグフレーション的な状況が長期化し、少なくとも景気の回復力は削(そ)がれよう。
では、物価上昇に良い面はないのか。強いて挙げれば、デフレマインド払拭(ふっしょく)への貢献であろう。デフレ下では物価が下がるという予想が経済を縮小方向に導いたが、物価上昇の予想、すなわちプラスの「期待インフレ」が定着すれば、先送りされがちだった消費活動や企業の投資を逆に前倒しさせる効果が見込まれるほか、在庫保有の動機となって生産を押し上げる。
下期成長率は4%超へ
コスト上昇分の価格転嫁を進め、企業業績の悪化を和らげる効果も期待できる。6月調査の日銀短観では、企業の1年後の販売価格見通し(全産業規模合計)が前回3月調査の2.1%増から2.9%増へ、3年後は2.7%増から3.5%増へ、それぞれ上方修正されており、価格転嫁が加速する可能性が示された。同じく日銀短観の22年度の設備投資計画は、前年度比14.1%増もの記録的な大幅増となった。
これらの状況を踏まえ、22年下期を展望すると、消費者物価は対ロシア制裁の長期化によりエネルギーや食料など輸入品価格は高止まりが続くだろう。国内ではコスト増の価格転嫁が川下まで徐々に進むことに加え、10月には携帯料金引き下げの影響が完全に解消するため、年末にかけて総合、コアとも前年同月比3%近くまで伸びが高まると見込まれる。
物価上昇は個人消費の逆風となるが、伊藤忠総研の試算によれば、政府の給付金や新型コロナウイルス禍での消費抑制による「強制貯蓄」が年間可処分所得の9~14%相当あるとみられる。足元でコロナ感染が再び拡大しているが、政府が行動制限を再強化しなければ脱コロナに向けた持ち直し傾向を維持するとみられる。また大幅な労働力不足が賃金上昇を促すことも支えとなろう。
22年下期(7~12月)の日本経済は、目標とする2%程度の物価上昇の下、個人消費と設備投資のけん引により回復に向かい、成長率は上期(1~6月)の前期比年率1%台から下期は4%超へ加速すると予想する。企業が投資拡大で生産性を高めるとともに家計へ十分に分配することで、日本経済が2%程度の物価上昇に耐え得る成長力を備えられるか試される局面となろう。
(武田淳・伊藤忠総研チーフエコノミスト)