国際・政治

米景気「インフレ退治で硬着陸するとは限らない」マーク・ザンディ(米ムーディーズ・アナリティックス チーフ・エコノミスト)

 米国では、FRBによる急速な金融引き締めによる景気後退懸念がくすぶっている。今後の米国経済の行方について、マクロ経済や金融市場を研究する専門家に話を聞いた。(聞き手=岩田太郎・在米ジャーナリスト)»»特集「大予測 米国発世界経済リスク」はこちら

「ウクライナ情勢次第では景気後退に。インフレは20年代半ばに解消へ向かう」

── 米国の国内総生産(GDP)は2022年1~3月期、4~6月期と2四半期連続で前年同期比マイナス成長となった。

■米経済は壊れてはいない。雇用は7月だけで50万人分と非常に多く生み出され、回復力が強い。失業率もコロナ禍直前の3.5%まで低下している。苦境にあるものの、景気後退には至っていない。

── 米国のインフレは何に起因するか。

■インフレの大部分が、コロナ禍で生じた供給網の混乱や労働力不足など、供給サイドの問題だ。それに拍車をかけるように、ロシアのウクライナ侵攻が原油や天然ガス価格、穀物価格などの急騰を招いた。おそらく物価上昇の75~85%がこれらの供給問題によって起こっている。

── この先1年の米経済についてどう見るか。

■楽観的になることは困難だ。7月の8.5%のインフレ率は高すぎる。これを2.5%未満に下げなければならない。それは、さらなる(政策)金利の上昇を意味する。そのため、雇用の拡大は減速し、失業率は高くなり、景況感は非常に弱くなる。そうした環境で楽観的になるのは難しいことだ。景気後退入りのリスクも高い。

── その間、懸念されるリスクは何か。

■中国が「ゼロコロナ政策」を堅持しているため、供給網が再び混乱してアジアや米国の経済に悪影響を与える可能性がある。また、ロシアのウクライナ侵攻はまだ終わっていない。事態の展開次第では原油価格が再び上昇し、米経済が景気後退に突入するかもしれない。今の米国では、人々が景気に関してとても神経質になっている。少しのきっかけでパニックが起こり得る。この先1年から1年半は、脆弱(ぜいじゃく)な経済と共存しなければならないだろう。

世帯支出が500ドル増加

── 消費を見ると、低所得層や一部の中間層が支出を切り詰めている一方で、高所得層はさほど影響を受けていないように見える。

■市民の消費行動には変化がある。都市封鎖中は消費財が伸びたため供給不足が問題になったが、経済の再開とともに、旅行や外食などの消費にシフトしている。その上で、低所得層はより苦境に陥っている。貯蓄が薄く、インフレの高進が家計を直撃しているからだ。年間6万ドルの収入がある平均的な米世帯の毎月の支出額は、1年前と比べて500ドルも増えている。

── 消費が好調なのは高所得層がけん引しているということか。

■中間層でも上部に位置する人々が、大部分の消費を行っており、これは平時でも同じだ。消費の多くは、米家計収入の上位3分の1に位置する裕福な層が生み出している。コロナ禍でも、それは変わっていない。

── 一部のエコノミストは、22年末に米国の物価上昇率が5%あたりまで下がると予想している。

■それは幾分、楽観的すぎるかもしれない。なぜなら、原油や天然ガス価格などが高止まりする可能性があるからだ。エネルギー価格の予測は大変難しい。私個人の予想では22年末で6%、23年末で3%くらいだ。

── 23年末で3%であれば、米連邦準備制度理事会(FRB)のインフレ目標である「2%を少し上回る程度」に近くなる。インフレはより恒常的にはならないのか。

■そうはならないだろう。インフレ率は24年の春から夏に、FRBの目標に近づくと思われる。消費者物価指数(CPI)はその時点で2.5%前後になっているだろう。20年代半ばには、物価上昇率が一貫して2%を超える状態は解消されるとみる。

── エネルギー、食料品、住宅の分野別ではどうなるか。

■現在、原油は指標によっては1バレル=90~100ドルで取引されている。ロシアのウクライナ侵攻など不確実要素はあるものの、長期的には65~70ドルまで下がるのではないか。また、直近の食料品の値上がりの大部分はエネルギー価格高騰に起因している。エネルギー価格が下がれば食料品価格も下落するだろう。一方で家賃は、米国内の深刻な住宅供給不足により強い上昇があろう。なので、20年代半ばを過ぎても住宅がインフレ上昇圧力となり続ける。

── 米国の失業率はこの先どのように変化するか。

■利上げや経済減速により、失業率が上昇するのは既定路線だ。それが賃金や物価上昇にブレーキをかけることになる。だが、失業率が上がりすぎるのも、景気後退を招くリスクがあるため好ましくない。この先1年半から2年で失業率は現在の3.5%から4%程度まで上昇すると考える。

「インフレ退治で硬着陸するとは限らない」 Bloomberg
「インフレ退治で硬着陸するとは限らない」 Bloomberg

── ローレンス・サマーズ元米財務長官は、インフレ抑制のためには、米国の失業率上昇につながる「景気抑制的」な金融政策を導入せざるを得ないとしている。硬着陸(ハードランディング)につながるおそれがある。

■サマーズ氏には同意しない。インフレ退治で硬着陸するとは限らない。米労働市場には十分な柔軟性がある。毎月の就業者数の増加規模を、失業者数と差し引きゼロの状態である10万人強にまで減速させれば、インフレ圧力を低下させることができよう。米国の前年同月比の賃金上昇率は現在5%台だが、FRBのインフレ目標達成のためには、3.5%まで低下させなければならない。

── 識者の中には、理想的なFRBの政策金利は4%超だという者もいる。

■FRBは、政策金利であるフェデラルファンド(FF)レートを緩和的でも引き締め的でもない中立にするため、22年末までに3.5%にすると述べている。私も、その辺りが適切で十分なレベルだと思う。FFレートは8月末現在で2.5%だが、米住宅市場を見れば住宅ローン利率が(5.5%前後に)上昇して、買い手は手が出にくくなっている。だが、まさにそうした経済の減速こそがFRBの狙いなのだ。

長期的には楽観

── 景気後退を阻止するために、政権や米議会ができることは何か。

■米政権の戦略原油備蓄の放出は大事だ。加えて、イランの核開発に対する制裁でイランの原油生産が減っているが、日産数百万バレルの輸出余力がある。核に関する米国との交渉が妥結すれば、イランの輸出再開で原油価格のゲームチェンジャーとなり得る。米議会では21年3月に1.9兆ドルの追加経済支援策、米国救済計画法が成立したのをはじめ、今夏には、4300億ドル規模のインフレ抑制法と、米国での半導体製造を支援する「CHIPS法」が成立した。米経済にとって大変有益だ。

── 米経済の長期的な見通しは。

■この先12カ月ではなく12年の期間で見れば、楽観している。ファンダメンタルズ(基礎的条件)が強いからだ。企業の負債は低く抑えられた状態で、新規住宅建設の需要は大きく、銀行の支払準備金が従来にないレベルまで積み上がっている。加えて、米国債の格付けは依然最上位のAAAだ。今期の米議会で可決された一連の法案は、供給網の問題を改善する効果もある。それが、米経済の長期的成長を強めることになろう。


 ■人物略歴

米ムーディーズ・アナリティクス提供
米ムーディーズ・アナリティクス提供

Mark Zandi

 1959年米国・ジョージア州生まれ。2006年にペンシルベニア大学で経済学の博士号を取得、同年より現職。

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