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米国産天然ガス 欧州向けLNG輸出増で14年ぶり高値に 山本隆三

米国の天然ガス価格は猛暑を受けた電力需要増で上昇した Bloomberg
米国の天然ガス価格は猛暑を受けた電力需要増で上昇した Bloomberg

 ウクライナ戦争の影響で米国産液化天然ガス(LNG)の欧州向け輸出が拡大した影響が顕在化している。(大予測 米国発世界経済リスク ≪特集はこちら)

脱炭素でも初期投資が高額でエネルギー高騰

 米国の7月の消費者物価指数(CPI)は対前年同月比で8.5%(季節調整前)上昇した。欧州連合(EU)においてもエネルギー価格高騰の影響を受け、同9.8%上昇しているが、米国と欧州ではエネルギー価格上昇の中身が異なっている。

 欧州では高騰する天然ガスや石炭価格を受け、電気、都市ガス料金の上昇が顕著だ。EU27カ国平均では電気料金は、7月に対前年同月比31.1%上昇。発電の50%を天然ガスに依存しているイタリアの上昇率は85.3%だった。

 一方の米国は天然ガスや石炭を自給しているため、国際市場との比較では価格が比較的抑制されている。7月の電気料金は2006年1月以来で最大の上昇幅となったが、それでも15.2%だった。米国のCPIに大きな影響を与えているのは国際市場に連動しているガソリン価格だ。7月のガソリン価格は対前年比44%上昇。CPI構成比におけるガソリンの比率が5.2%と高い米国にとっては、価格上昇の影響は無視できない。

アンモニアは2年で6倍

 エネルギー価格の上昇は、さまざまな物価に影響を与えるが、見過ごせないのが肥料価格の上昇だ。肥料原料のアンモニアは天然ガスから製造される。国際商品でもあり、米国でも欧州でも2年間で約6倍になった。肥料価格の上昇は食品価格にも影響を与えるため、7月の米食品価格は、前年同月比で1979年5月以来最大となる10.9%の上昇となった。

 米国のエネルギー生産や価格は、中長期的に経済にどのような影響を与えるのだろうか。米国は、原油生産量、天然ガス生産量共に世界一だ。米国をエネルギー大国に押し上げたのは、2000年代に始まった「シェール革命」だった。これにより、00年代後半からは天然ガスと原油の生産量が飛躍的に増加した。

 00年と21年を比較すれば明らかだが、米国の1次エネルギー生産量は37%増加している(図1)。19年には、1957年以来初めてエネルギー自給率が100%を超え、101.2%となった。以前から輸出を行っていた石炭に加え、天然ガスも輸出可能となった。一方、原油だけは生産量が需要を満たせず輸入を継続している。

 シェール革命によって天然ガスの生産は大きく伸び、米国の天然ガス価格の指標になるルイジアナのヘンリーハブスポット価格は、2008年6月平均の12.69ドル(100万BTU〈英国熱量単位〉当たり)を付けた後、月間平均価格が5ドルを上回ることがまれになるほどに下落した。

 天然ガス価格の下落は、シェール革命前に米国の発電量の約5割を担っていた石炭火力の競争力を急速にそぎ、天然ガスへの燃料転換が相次いだ。21年の発電量に占めるシェアも22%まで低下。一方の天然ガス火力のシェアは、08年21%から21年には38%まで増加している。

 天然ガス生産量の増加に合わせ、南部ルイジアナ州からの液化天然ガス(LNG)輸出が16年2月に開始され、その後隣接州を含め、液化設備・LNG輸出基地は7基地まで拡大した。当初は、日本や中国、韓国向け輸出が主体だったが、21年にロシアが欧州向け天然ガス供給量の削減を始めたことで、欧州向けLNGの輸出数量が増加した。

 米国内のLNG輸出基地はフル操業となり、LNG受け入れ基地のある英国やフランスなどへの供給量が増えた。欧州向け輸出数量の増加に伴い米国内の天然ガス価格も上昇を始め、今年5月平均価格は100万BTU当たり8.14ドルとなるなど、08年6月以来、14年ぶりの高値となった(図2)。足元では、7月以降の猛暑による発電部門での天然ガス需要量の増加があり、8月後半には9ドル台まで上昇している。

資材の中国依存が問題

 米国エネルギー省は、天然ガス価格(ヘンリーハブスポット)は、生産数量の増加により現在の価格からは下がるものの、23年を通じ平均5.10ドルと比較的高いレベルで推移すると予想しており、家庭用の電気、都市ガス料金はともに3%程度上昇すると予測している。

 長期的な米国のエネルギー見通しについては、8月16日にバイデン大統領の署名により発効した「インフレ抑制法」の中に気候変動対策として約50兆円の拠出が盛り込まれており、今後一層エネルギー転換が進んでいくとみられる。

 再生エネルギーや原子力発電、電気自動車(EV)、水の電気分解による水素製造などへの助成制度も導入されることから、電力部門の低炭素化と水素利用の拡大が予想される。化石燃料価格の影響を受けないエネルギーの世界に徐々に移行するとみられるが、ここで新たな問題も生じる。

 一つは、エネルギー関連設備の多くの資材、原料を中国に依存していることだ。そのため、インフレ抑制法では米国内での製造に関するインセンティブ制度も設けられたが、価格の上昇は避けられそうにない。

 二つ目の問題は、インフレにより低炭素電源である再エネ、原発設備、さらには電力の供給安定化に必要な蓄電設備の価格上昇が予想されることだ。再エネや原発は化石燃料を必要としない分、初期投資額が相対的に高くなるため、エネルギー価格上昇につながる。

 化石燃料に依存すれば今後もエネルギー価格乱高下の影響を受け、二酸化炭素(CO₂)も排出される。しかし、脱化石燃料のためには脱中国が必須な上、足元のインフレや、それに伴う金融引き締めによる金利上昇が脱化石・脱炭素の設備投資に影響を与え、エネルギー価格を引き上げる。エネルギーを取り巻く状況はしばらく不透明な状況が続き、経済活動にも影響を与えることになるだろう。

(山本隆三・常葉大学名誉教授)

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