世界に広がる「日本病」 次の感染国はアメリカ? 斎藤信世/加藤結花(編集部)
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強い引き締めで米景気停滞
歴史的な高インフレ(物価上昇)が米国市民の生活を直撃している。6月の「米消費者物価指数(CPI)総合」(エネルギー・生鮮食品含む)は前年比9.1%上昇と1981年以来、40年ぶりに9%の大台に乗った(図1)。
こうした中、米金融市場関係者が注目するのは9月21日に開催される米連邦公開市場委員会(FOMC)で発表される利上げ幅だ。
「通常“以上”の利上げ幅が適切だ──」。8月末に米ワイオミング州のリゾート地ジャクソンホールで開かれた経済シンポジウムで、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長は、9月会合の利上げ幅について、「今後の経済データと、変化し続ける見通し次第」とはしつつも、“インフレ退治”を積極的に行う「タカ派」姿勢を改めて鮮明にした。
ただ、9月2日に発表された8月の米雇用統計は、失業率が7月の3.5%から3.7%に上昇するなど、労働需給の逼迫(ひっぱく)に緩みもみられた。9月会合では0.5~0.75%の利上げ幅となることが確実な情勢だ。
伊藤忠総研の高橋尚太郎・上席主任研究員は、「8月の雇用統計は、労働供給の改善があり、全体としてポジティブな内容だった。9月FOMCの利上げ幅に関しては、CPIの結果次第だが、現時点では0.5%ではないか」との見方を示す。利上げの継続で金融環境が引き締まる中、年末にかけて内需は一段と抑制され、2023年前半にかけて、景気は相当停滞する可能性がある。
企業部門の過剰貯蓄
実際、米国経済が弱っていることを示唆するデータがある。米国の投資・貯蓄(IS)バランスのGDP比を見ると、1970~00年ごろまでは、投資超過となっていた企業部門のISバランスが、足元では貯蓄超過になっていることが確認できる(図2)。家計部門と企業部門の双方が貯蓄超過になると、“投資不足”となり経済全体が弱体化するため、政府が財政政策によって景気刺激を行う必要が出てくる。
このような企業ISバランスの変化を引き起こした背景には、00年のITバブル崩壊や、08年のリーマン・ショック以降、米国の企業が不測の事態に備え、余剰資金を蓄えてきたことがある。
こうした米国の“症状”を先取りしてきた国がある。「日本」だ。有望な投資先を増やすことに手間取った日本企業は長年、営業利益率が低迷している。その結果、手元資金が膨張し企業部門の貯蓄超過が続いてきた。日銀が6月27日に発表した「22年第1四半期の資金循環(速報)」調査によると企業の資金余剰が15年続いている。
三菱UFJ国際投信の荒武秀至チーフエコノミストは、「こうして見ると、米国は『ジャパナイゼーション』、つまり『日本病』になりかけている」と指摘する。
供給制約インフレ
荒武氏がいう「日本病」とは何か。
日本の潜在成長率は1989年には前年比で4.5%だったのに対し、21年第4四半期には同0.2%程度まで下落している(図3)。背景には、人件費削減を目指した労働時間の短縮や、全要素生産性(TFP)の寄与縮小、慎重な設備投資が招いた資本ストック不足などがある。加えて、需要不足を示すデフレギャップが常態化しており、その結果、日銀は超金融緩和政策を続けざるを得ず、また政府は過剰債務を積み上げてきた。
荒武氏は、この日本病が米国に波及する可能性があるという。「まだ日本病が表面化しているわけではないが、米国も徐々に低成長、低供給能力、供給制約インフレの時代に入っている」。
米国の潜在成長率は、00年ごろは前年比3~4%とみられていたが、米議会予算局(CBO)やFRBは今や同1.8%程度に低下したとみている。その結果、金融緩和や景気刺激策で、需要が高まると、脆弱な供給力では需要をカバーできず、インフレが顕在化しやすい体質になっている。
米国に先んじて、日本病に侵された国々がある。早い順に欧州、そして香港、台湾、韓国、シンガポールの「アジア四小龍」と呼ばれる国・地域、さらには中国も、過剰貯蓄と潜在成長率の低下に見舞われている。この先、米国で日本病が顕在化したとき、けん引役を失った世界経済は、混迷を深める可能性がある。
(斎藤信世・編集部)
(加藤結花・編集部)