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国際・政治

ペロシ氏訪台後も中国軍「中間線」越え 米中“最悪シナリオ”も 松本はる香

 東アジアを舞台に2超大国の覇権争いがヒートアップしている。

中国は台湾貿易に大幅な制限

 中国による数々の事前の強い警告にもかかわらず、ナンシー・ペロシ米議会下院議長が8月2~3日、台湾訪問を決行した。(大予測 米国発世界経済リスク ≪特集はこちら)

 これに対し中国は激しく反応し、弾道ミサイル11発の発射、海上封鎖をも想定し台湾本島を取り囲むように空海域6カ所で大規模な軍事演習を行った(図)。

 その間、台湾は総統府や外交部、国防部、さらには交通機関などが相次いでサイバー攻撃を受けたほか、離島の金門島で複数のドローンの飛来が何度も確認されている。1週間にわたった中国の軍事演習は8月10日に終了が宣言されたが、今もなお連日のように、中国軍機や艦艇による台湾海峡の「中間線」越えが続いている。

 ペロシ氏の台湾訪問は、あたかも「台風の目」のように扱われた。これをきっかけに、東アジアの国際関係が著しく不安定化したという見方である。だが、台湾海峡の緊張が高まった元凶は、ペロシ氏の訪台以前の、習近平政権の香港政策の失敗にまでさかのぼる。

中国恐れない台湾の民

 習近平政権は香港への統制を強めてきた。香港での民主化の動きに対する弾圧が激しさを増す中で、1997年の香港返還時に高度の自治を50年間保障するという「1国2制度」は著しく形骸化してきた。特に、2019年6月に起こった「逃亡犯条例」改正案に反対する香港市民による大規模なデモ発生とそれに対する中国の厳しい弾圧によって、台湾人の危機意識が高まった。香港情勢の悪化が、台湾総統選の潮目を変え、再選が絶望視されていた民進党の蔡英文氏を勝利へと導いたのである。

 その後、20年6月末の香港国家安全維持法の施行によって、香港の「1国2制度」の機能不全は誰の目から見ても明らかになった。かつて国民党の馬英九政権時代の台湾で一部見られたような、中国との統一に期待を寄せる声は急速にしぼんだ。それとともに、強大な独裁国家である中国と対峙(たいじ)する、台湾とその民主主義を守ることへの重要性がクローズアップされ、欧米をはじめとする世界中の政治家たちの「台湾詣で」が加速した。もはやこのような国際的な流れを止めることはできない。つまり、台湾海峡情勢が不安定化する発端となったのは、そもそも習近平氏が香港の「1国2制度」を破綻に追い込んだことにあるといってよい。

 一方、中国の大規模な軍事演習を目の当たりにして、その渦中にあった台湾の人々の受け止め方は意外にも冷静なものであった。ペロシ氏訪台直後の台湾民意基金会での世論調査(8月16日発表)によれば、中国側の大規模軍事演習について、45%が「全く怖くない」、33.3%が「あまり怖くない」と回答し、「怖くない」と捉える人々が7割を超えた。また、ペロシ氏の台湾訪問については「非常に歓迎する」が24.5%、「どちらかといえば歓迎する」が28.4%という結果が出ており、実に過半数を超える台湾人がペロシ氏訪台を肯定的に捉えている。

 これまで蔡英文総統は、台湾とその民主主義を守るために、台湾の兼ね備える「レジリエンス」(しなやかな強靭(きょうじん)さ)を掲げてきたが、世論調査の結果は、台湾人のレジリエンスを表すもののひとつなのかもしれない。ペロシ氏は訪台時に『ワシントン・ポスト』紙(8月2日)に寄稿し、台湾を「レジリエンスの島」と呼び、決して中国に屈してはならないと強調した。中国の恫喝(どうかつ)とも取れるような圧力によって、台湾人の心が乱されれば中国側の思うつぼだ。

 とはいえ、台湾は国家として正式に認められた国ではないことから、大国中国と比べれば力の差は歴然としている。今後、中国からのさまざまな圧力によって、台湾が矮小(わいしょう)化されることを避けつつ、いかに活路を見いだすことができるかが、台湾生き残りの鍵となる。そのためにも民主主義を共有する欧米や日本といった友好国のバックアップが重要だ。

2000品目輸入停止

 台湾の中央通訊社の報道(8月7日)によれば、ペロシ氏が台湾を訪問中の8月3日、台湾南部の大都市高雄の台湾鉄路の新左営駅に設置された電光掲示板が突然ハッキングされ、「(ペロシ氏訪台を)歓迎したものは人民の審判を受ける」といったメッセージが中国大陸で用いられる簡体字で表示されるという事態が発生した。これは、台湾鉄路から委託を受けた広告会社が使用する中国製ソフトウエアを通じたハッキングが原因であることが判明した。これに対して、台湾の行政院は中国製の通信機器の使用を禁じる対象を拡大する方針だ。

 一方、中国はペロシ氏の訪台を受けて台湾への経済制裁に踏み切った。台湾メディアの推計によれば、中国は台湾企業100社余りの2066品目の食品の輸入停止を発表した。また、基準を超える残留農薬量が検出されたことを理由に台湾産の柑橘(かんきつ)類の輸入が止められるとともに、コロナ対策を理由に魚介類の輸入も一方的に停止された。さらに、中国はコンクリートの材料に使われる天然砂の台湾への輸出停止も決定した。

 中国への経済的な依存が、「チャイナリスク」として、場合によっては大きなあだになり得ることが明らかになった。このような中国の行動パターンは、他国にも当てはまり得る。

 米中貿易摩擦や、新型コロナウイルスの世界的流行によって、これまで中国に集中していたサプライチェーンを分散化することの重要性が指摘されてきた。特に、半導体分野は国家の経済安全保障にも密接に関わりがあることから、最大限の配慮が求められている。

 バイデン米大統領は脱中国の動きを加速させている。米国、日本、韓国、台湾による半導体供給網(チップ4)の構築を目指すほか、今年8月9日には、米半導体法を成立させた。520億ドル(約7兆200億円)に上る米国内での半導体産業の生産や研究開発への補助金の支給を決めた。台湾積体電路製造(TSMC)の米国内への誘致も進めている。対中強硬路線と台湾支援については、民主党と共和党の間でも一致しており、今後も同路線が継続して行われる見込みだ。

 この先の危険なシナリオとしては、台湾海峡の中間線付近で、中国と台湾の船舶や航空機同士の偶発的な接触や衝突事故が生じ、小競り合いから報復合戦へと進むケースだ。この場合、中台の戦争から米中戦争へ発展する可能性もあり得る。今のところ米中双方は直接対決を避けようとしているが、最悪の事態も否定はできない。

(松本はる香・JETROアジア経済研究所主任研究員)

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