⑤アデコグループ――「適『財』適所」の人材マッチングで30万人の「働きがい」創出へ
国連が2015年に採択した17の目標から成るSDGs(持続可能な開発目標)。世界の企業の間で、社会課題を解決し、持続可能な社会を目指すSDGsを成長戦略の柱として取り込む動きが広まっている。エコノミストオンラインの連載「SDGs最前線」では日本でSDGsを実践し、実際にビジネスに活かしている企業を紹介していく。第5回目は、人材サービス大手のアデコグループジャパンを取り上げる。同社は2025年までに30万人の優秀な人材(適財)の育成と仕事のポジション(適所)を創出する目標を掲げている。
【アデコが実践するSDGsの目標】・目標4「質の良い教育をみんなに」・目標8「働きがいも経済成長も」・目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」
SDGsの目標の一つに「働きがいも経済成長も」という項目がある。働きがいのある良い環境で楽しく働き、企業や経済成長にも寄与するということだ。多くの経営者や労働者はこの目標通りになることを期待しているが、実際には多くの職場がハラスメントや規律違反など多くの課題を抱えている。「SDGsが掲げる理想と現実とは違う」とあきらめている人も多いかもしれない。
しかし、この簡単そうに見えて非常に難しい目標の実現を目指している人材サービス会社がある。スイスに本社を置く人材サービス大手、アデコの日本法人であるアデコグループジャパンだ。同社の川崎健一郎代表は「いきいきと働く人を増やし、人材躍動化を実現したい」「『適財適所』で人が働くことが日本企業の生産性向上にも寄与する」と力を込める。
「したい生き方、働き方」を探り、価値観に合う仕事を紹介
目標達成に向けてアデコが2021年から取り組んでいるのが、紹介する人材の「ライフビジョン」の開発だ。ライフビジョンといってもわかりづらいが、「自分がこうありたい」という理念のことで、これを明確にすれば、「どう生きていきたいか」「どこでどう働きたいか」などが見えてくるという。一般的な人材サービス会社は、給与や福利厚生、休日数などの条件面を重要視し、人材と企業をマッチングすることが多いが、川崎社長は「条件面だけでなく、自らのビジョンや価値観が合わなければ、人がいきいきと働くのは難しい」と話す。
同社では登録している人材それぞれに担当者を付け、「仕事をする際にどんなことを重視しているか」「なぜそれが重要なのか」といった多くの質問をする。質問と回答を繰り返していく中で、おぼろげながら、その人の価値観や仕事についての考え方がわかってくる。このライフビジョンを担当者と一緒に探ることで「初めてやりたいことを見つけられた」と喜ぶ人も多いという。
派遣社員のスキル向上へeラーニングを無償で提供
本人が希望する「やりがいのある仕事」に就くためには、人材のスキルアップも不可欠だ。アデコは「ロジカルシンキング」「デザインシンキング」「デジタルリテラシー」などの項目をeラーニングで提供している。ロジカルシンキングは論理的に物事を考える能力のこと。複数の事実や事例から導き出される共通点から結論を出す「帰納法」などを用いて課題解決する方法を教えるという。
デザインシンキングではユーザー視点に立ってサービスの問題を見つけてビジネス上の課題を解決するための思考法を、デジタルリテラシーではIT(情報通信)やDX(デジタル・トランスフォーメーション)などの基本的な知識を教えるという。同社は現在、派遣社員向けにeラーニングサービスを無料で提供しており、これらを受けた人は、受けない人に比べて就業率が約2倍に高まっている。今後は転職希望者に対してもサービスを拡充する計画だ。
受け入れ企業へのコンサルで「適所」創出へ
もちろん、どんなに人材の能力が向上しても、受け入れる企業の職場環境に問題があれば「適財」にはなっても「適所」にはならない。このため、同社が21年から始めたのが受け入れ企業へのコンサルティングだ。人材サービス会社は通常、採用したい人数や必要なスキルを聞き取るだけのことが多いが、アデコの場合は人材と同様に、企業や部署ごとの理念やありたい姿などについても掘り下げてヒアリングするという。
同社は、「人がいきいきと働くためには七つの条件と五つの阻害要因がある」と主張する。どんなに優秀な人材を派遣したとしても、受け入れ先の企業でワークライフバランスが取れなかったり、人間関係が悪かったりすれば、人がいきいき働くことを邪魔してしまうからだ。このため同社は、これまでの人材サービスの経験やデータをいかし、ハラスメント防止やコンプライアンス(法令順守)など働く環境の改善について3か月~半年にわたって企業に助言している。
温暖化ガス排出量削減へ社員にも理解求める
教育するのは転職希望者や派遣社員だけではない。アデコグループジャパンは昨年、約4000人の全社員を対象にSDGsの理解を深めるための対話「SDGsダイアログ」を実施。担当者が社員にグループ形式で複数回、SDGsと自社の人材サービスがどうつながっているのかなどを説明し、理解を深めたという。
国立社会保障・人口問題研究所によると、日本の生産年齢人口は50年に20年の3分の2まで減少する。少子・高齢化で人手不足は深刻さを増しており、今後は人材の能力を高め、適材適所のマッチングを通じて生産性を高めることがさらに重要な課題となる。
とはいえ、アデコが20年に約3000人を対象に実施した調査によると、「いきいきと働いている」と回答したのは全体の25%にとどまる(図)。硬直的な人事制度を維持している日本企業もなお多い中、こうした数値を大幅に引き上げるのは容易ではない。SDGsと自らの仕事とのつながりを社員に理解させ、実践しようと努めるアデコの人材サービスが「働きがいも経済成長も」という目標の達成にどう寄与していくのか。人手不足に悩む日本企業の注目が集まりそうだ。
(加藤俊・株式会社Sacco社長、編集協力 PRコンサルティング)
【筆者プロフィール】
かとう しゅん
加藤俊
(株式会社SACCO社長)
企業のSDGsに関する活動やサステナブル(持続可能)な取り組みを紹介するメディア「coki(https://coki.jp/)」を展開。2015年より運営会社株式会社Saccoを運営しながら、一般社団法人100年経営研究機構 『百年経営』編集長、社会的養護支援の一般社団法人SHOEHORN 理事を兼務。cokiは「社会の公器」を意味し、対象企業だけでなく、地域社会や取引先などステークホルダー(利害関係者)へのインタビューを通じ、優良企業を発掘、紹介を目指している。