人気作家・余華が激動の清末民初を舞台に、必死に生きる男女を描く 加藤徹
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余華著、飯塚容翻訳の『文城(ウェンチョン) 夢幻の町』(中央公論新社、4400円)は読み応えのある時代小説だ。
20世紀はじめ、清朝末期から中華民国初年にかけての激動の時代。南方の田園地帯に、文城という町があった。当時も、人々は平穏な生活を送りたいと願った。しかし清末民初の社会の激動は、そんな庶民の願いを許さない。中央政府が弱体化し、武装した強盗集団である匪賊(ひぞく)が町や村を襲い、旧社会と新社会の価値観が入り乱れる。そんな混沌(こんとん)とした不条理な時代でも、自分の人生を必死で生きようとした男や女がいた。
ヒロインは、南の町の出身の美少女である。家が貧乏だったため、まだ子どもなのに、裕福な家に嫁がされた。旧社会なので、夫も子どもだった。舅(しゅうと)に嫌われたヒロインは夫と家出する。生きるために、『旧約聖書』のアブラハムが自分の妻サラを「妹」と偽ったのと同様のウソをつく。その結果、ヒロインは別の男性に……以下ネタバレを自粛する。
男女の物語のあいだにも、不条理な時代の理不尽な死が、次々に描かれる。例えば、「匪賊の集団は銃を放ち刀を振るいながら押し寄せてきた。村人は逃げまどった」「匪賊は長刀を振るい、老人や若者の頭を次々に切り落とした」「十数人の若い女が最後に残った。五十人以上の匪賊が襲いかかり、彼女たちを血だらけの遺体の上に押し倒して強姦した」。その後、村人たちの遺体が川に…
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週刊エコノミスト
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