米経済の強さをVCとスタートアップの相互作用から描く 評者・諸富徹
『ベンチャーキャピタル全史』
著者 トム・ニコラス(ハーバード・ビジネス・スクール教授) 訳者 鈴木立哉
新潮社 3960円
将来の大きな値上がり益を期待して未上場の新興企業に投資するベンチャーキャピタル(VC)は、19世紀の捕鯨業にその起源をさかのぼることができると聞いて、多くの読者は軽い驚きを覚えるのではないか。まったく無関係にみえる両者の間には、いくつかの共通点があるという。
両者の投資収益率分布とも「ロングテール型」で、ほとんど同じ形状だ。横軸に投資収益率、縦軸にその収益率を達成した企業の比率をとってグラフに描くと、収益率がマイナス25%~プラス10%でもっとも高い峰となる。収益率が高まるにつれて峰は低くなり、長い裾野を形成する。その最右端では、数%程度の企業だけが100%超の収益率となる。
これは、投資しても大半は損失か平凡な収益率に終わることを意味する。ゆえにVCの成否は、最右端の数%の爆発的な高収益率企業を見いだせるか否かで決まってくる。
とはいえ、本書の白眉(はくび)はやはりVCが全面開花した1990年代後半以降の記述であろう。ICT産業における最初のロングテール型投資の成功例は、ネット普及の初期に米マイクロソフトと競った米ネットスケープ・コミュニケーションズへの投資だ。投資家は、ネットスケープの95年の株式公開(IPO)により、投資額のなんと数十倍もの利益を得た(98年に米AOLが買収)。
これを嚆矢(こうし)として、ICT産業には大量の資金が流れ込むようになった。米国の革新的企業とスタンフォード大学が協調的な関係を築きつつ、次々とイノベーションを起こすシリコンバレーには、全米はおろか世界中から人材と資金が流れ込み、VCとスタートアップの集積が進んだ。著者は、米国スタートアップの隆盛に移民が果たした役割を強調する。シリコンバレーの繁栄は、その開放的な雰囲気とともに、連邦政府による寛容な移民政策の恩恵を最大限に享受できたことによるという。
もちろん、VCの発展がすべて順調だったわけではない。VCによる投資が過熱して高収益至上主義が強まり、デューデリジェンス(投資に先立つ企業調査)がおろそかにされる中、2001年のITバブル崩壊はVC業界に冬をもたらした。
だが灰燼(かいじん)の中から米国経済は再び立ち上がり、世界に比類なき競争力をもつGAFAなどが成長して、より強力なデジタル経済が築かれたことは我々もよく知る通りだ。本書の功績は、米国経済のこの強さの源泉を、VCとスタートアップの相互作用の発展史という視点から描き切った点にあるといえよう。
(諸富徹・京都大学大学院教授)
Tom Nicholas 英国生まれ。オックスフォード大学で博士号取得後、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院等で教鞭をとったのち現職。起業家精神、イノベーション、金融の研究が専門。
週刊エコノミスト2022年12月6日号掲載
『ベンチャーキャピタル全史』 評者・諸富徹