2024年の米大統領選に向け、ペンス氏がトランプ派に決別を告げた自伝 冷泉彰彦
アメリカでは、政治家が自伝や回顧録を出版することで、そこに政治的意図を込めるということが多い。バラク・オバマ氏の場合やヒラリー・クリントン氏の場合が好例で、自伝が話題になったことが大統領選への出馬を後押しした。だが、今回、マイク・ペンス前副大統領が出版した自伝は、自身の政治的野心だけでなく、もっと大きな政治的波紋を呼んでいる。何よりもタイトルが秀逸だ。「神よ助けたまえ」というフレーズの前に「So」、つまり「だから」という単語を置き「だから神よ助けたまえ "So Help Me God"」としたことで、多くの「含み」を持たせている。
ペンス氏はどうして「神の助け」が必要なのか。それは自身が2024年の大統領選に野心を持っているということもあるだろうし、その場合は福音派を代表して戦うので神の「ご加護」が必要だということもあるだろう。だが、本書を開くと、それだけではないことが簡単に理解できる。なぜならば、本書の冒頭に「プレリュード(前奏曲)」と題して置かれている序文は、いきなり21年1月6日の午後2時少し過ぎに、当時ペンス氏が「上院議長」として執務をしていた議会議事堂が暴徒に襲われたシーンから始まるからだ。そして、ペンス氏はこの暴力行為に対する「怒り」を極めて明確に述べている。
つまり、ペンス氏は「民主主義が暴力によって脅かされている事態」に対して怒り、それゆえに神の助けを求めているとしているのである。ということは、現在のドナルド・トランプとその支持者に対しては、一線を画するという宣言になる。ペンス氏はトランプ政権の成果は自分の誇りだとしており、政権の4年間を全て否定しているのではない。だが、20年の選挙は「盗まれた」として暴力行為を容認する姿勢には決然として対決するとしている。
本書の平易な文体が採用され、聖書の引用もちりばめられたスタイルは、平均的な福音派の有権者を意識したものだ。その読者に対して、ペンス氏はトランプ派との決別を宣言した。本書の発売日、11月15日はトランプの24年の大統領選への出馬宣言と重なった。だが、メディアの扱いとしては、トランプに負けていなかった。本書の政治的意味は、今後の政局の中で大きくなっていくに違いない。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
2022年12月13日号掲載
海外出版事情 アメリカ ペンス米前副大統領の自伝とその波紋=冷泉彰彦