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経済・企業 論争で学ぶ景気・物価・ドル円

インフレの先の、不況の先の、利下げの先にはバブルが別の顔でやって来る 熊野英生

天才と騒がれたバンクマン・フリードだったが(経営破綻した暗号資産交換業大手FTXトレーディング創業者) Bloomberg
天才と騒がれたバンクマン・フリードだったが(経営破綻した暗号資産交換業大手FTXトレーディング創業者) Bloomberg

 一寸先は闇──。コロナ禍で2020年の経済は危機だと思っていると、21年はインフレ(物価上昇)に転じた。各国でのインフレは前月比の伸び率ではすでに21年初から始まっていたが、欧米の中央銀行は20年春の反動で物価指数の前年比が一時的に上昇していると見誤った。(論争で学ぶ景気・物価・ドル円 ≪特集はこちら)

 米連邦準備制度理事会(FRB)が量的緩和の縮小を決めたのは、21年11月まで遅れる。利上げ開始は22年3月。その後の利上げは、近年には類をみないほどに急激だった。まるで遅れを取り戻すような勢いだ。

 今後、FRBの利上げによって23年の米国経済が景気後退入りする可能性があると筆者は思っている。さらに、インフレ率が高止まって景気後退が起こる、いわゆるスタグフレーションになることを警戒している。日本経済にも悪影響が波及してきて、輸出減少が製造業の生産活動を停滞させるとみる。企業収益は悪化して、非製造業もそれに巻き込まれていくことが心配される。

じゃぶじゃぶのマネー

 本稿の話は、その先のシナリオについてである。もし不況になれば、FRBは早々に金融引き締めをやめてしまえばよい。実は、そうした誘惑の中に世界的バブルが再燃するリスクが隠れている。引き締めによる危機から、一転して楽観論が支配するバブル第2ラウンドへの突入である。

 なぜそう考えるかというと、金融のミクロの取引ではあちこちに相当に不健全なものがあるからだ。株式市場のセンチメント(心理)も、少し楽観的過ぎる。例えば、米国の株価をみてほしい。9月末にニューヨークダウ平均株価は一旦底をつけて上昇基調に転じた。FRBの利上げの天井が見えてきたからだ。

 11月の政策金利は3.75〜4.00%である。12月13・14日に0.50%の利上げが行われ、その次の23年1月31日・2月1日に0.25%の利上げで打ち止めになるとの見方がある。そうでなければ、その次の3月21・22日が終わりになる。10月の米CPI(消費者物価指数)は、市場予想を下回って前年比7.7%とプラス幅が縮小した。これで金融引き締めの終わりが近いと、株式市場は前のめりになったのだ。米株価の反転にはそうした思惑がある。

 当事者のFRBは、利上げ幅を縮小させて、むしろ利上げの最終到達点をみてほしいと言っている。これで「金融引き締めは終わりだ」とは全く言っていない。先入観なしに考えると、7.7%の伸び率を目標の2%まで落としていくには相当の時間と摩擦が起こるはずだ。何よりも、20年初から始まったコロナ禍で、大規模な金融緩和と財政出動を繰り返したことで、各国経済とも相当にバブルの様相を呈している。なかなかコロナ前の平時の感覚には戻れなくなっている。

 一つ、象徴的なデータを示すと、日米のマネー総量(マネーストック残高、M2)の推移を描くと、コロナ禍の金融・財政の大規模な出動でトレンド線から大きく乖離(かいり)してしまった(図)。FRBがかなり引き締めている印象はあるが、まだトレンドからの乖離は大きい。トレンド自体が変わったと考えたとしても、米国の経済活動は、かなりマネーがじゃぶじゃぶの上に浮かんでいると思える。

「暴落の前に天才がいる」

 バブルの特徴は、それが弾けてみて初めて「あれがバブルだった」とわかる点だ。天才と騒がれたバンクマン・フリードが率いる暗号資産大手の取引所が破綻した。これは、不正取引だからユーフォリア(陶酔感)と関係ないとみることはできる。しかし、その図式は「暴落の前に天才がいる」という言葉をそのまま体現している。

 英国の年金基金の危機からもバブルが感じ取れる。イングランド銀行(中央銀行)は、9月28日に市場安定化のために、国債売却から国債購入の再開に転じる方針を発表した。英国では、トラス前政権がポピュリズム(大衆迎合)的な財政拡張を発表して、株安・債券安・ポンド安のトリプル安にさらされていた時期だった。後からわかったのは、イングランド銀行の狙いが、投機的取引に手を染めていた年金基金を救うためだということだった。

 英年金基金は、低金利下で債務主導投資(LDI)というデリバティブ(金融派生商品)投資にレバレッジをかけて収益を捻出していた。借り入れの担保は英国債だった。トリプル安に直面して、担保だった国債価格が下落して、追加担保の徴求(マージン・コール)を迫られた。資金難に陥った年金基金が、破綻したり資産売却に転じ、各市場がクラッシュすることを恐れて、イングランド銀行は国債の買い支えに走ったのである。

 つまり、レバレッジをかけ過ぎていた年金基金の失敗の尻拭いを中央銀行がやったわけだ。米著名投資家のウォーレン・バフェットは、「潮が引いて初めて誰が裸で泳いでいたのかがわかる」と語っていた。現時点では、まだ投機の余熱は高温だと思える。投機再燃の芽を摘み取らないうちに、FRBが金融引き締めの転換を早過ぎるタイミングでやってしまうと、バブルの再燃が起きてしまうに違いない。

 イメージ図で描くならば、23年に入ってFRBが経済悪化に過敏に反応して、早い段階で利下げを示唆すると、そこで投機熱が息を吹き返すだろう。マーケットの人々が「(金融引き締めは)もう十分過ぎる」と声を上げたとしても、それは多分、「まだ不十分」なのだろう。23年に入ると、米金融政策はそうした隠れた投機の思惑と戦い続ける難しい運営を求められることだろう。

「2%インフレ」の疑問

 現代のように不確実で、かつ前例の通用しない時代は、常にさまざまな通念・通説を疑ってかかる思考法が大切である。その最たるものが、「インフレ率は2%が望ましい」という中央銀行の常識だ。日本でも、安定的に2%を目指すとした目標設定が、国民生活を苦しめている。2%の物価上昇を容認することは庶民感覚とずれている。消費者物価の数字ばかりに気を取られていると、感覚はずれる。日本経済にとってCPI2%は高過ぎる。岸田政権は、日銀と目標設定を再調整した方がよい。

 米国のCPI2%は逆に低過ぎると思える。FRBが2%を愚直に目指すと、23年は景気後退は避けられない。筆者の見解は、金融引き締めを転換するのが早過ぎると、バブル再燃に向かう。同時に2%を目指して金融引き締めを教条的に行い続けると、景気は著しく悪くなるというものだ。

 この二つの見方は矛盾しているようにも思える。しかし、自分が政策担当者になったつもりで考えると、この矛盾を常に頭に置いて、難しい着地点を探っていかなくてはいけない。バブルと景気後退回避の両立は不可能かもしれない。そこが本当に難しいところだ。

 今後の米物価の見通しは、ニューヨーク連銀の消費者調査(10月)では1年先が前年比5.9%と高いままだ。3年後に3.1%、5年後に2.4%に落ち着く。この見通しは、徐々に1年後の伸びが鈍化しているが、まだ2%からは程遠い。もっと景気悪化が進まないと、インフレ予想を2%近くまで低下させられないだろう。

焦点は米住宅価格

 隠れた焦点は、米国の住宅価格が十分に下がり、家賃まで物価押し下げの圧力がかかるかどうかだ。米国の代表的なケース・シラー住宅価格指数(20都市・前年比)は、7〜10月にかけて伸び率が鈍化している。まだ2桁の伸び率だが、勢いは衰えつつある。

 この住宅価格指数はコロナが始まった直後から急上昇した。21年初に北米産の木材が不足してウッドショックが起きた原因の一つは、20年からの住宅価格高騰にある。余剰マネーは不動産市場に流入しやすい。その派生効果として、遅れてモノの価格を上げていく。

 実は、日本の住宅価格も22年4〜6月は前年比9.5%と1990年代以来の高い伸び率になっている(経済協力開発機構統計)。世界中で不動産市場に流入したマネーはすでに著しく価格上昇を促している。都心では、中国人が高級物件を高値で購入して、そのまま住まずに保有して、値上がりを待つというケースもある。

 今後、FRBが物価下落を促すために、住宅価格の大幅な下落を容認したとすると、資産市場に打撃が加わるだろう。ストック面での損失は間接的に金融システムにも悪影響が及ぶ。すでにバブル化してしまった米住宅市場に過剰な調整圧力をかけずに、ソフトランディングを目指すことは難しい。FRBは、金融引き締めの新しい着地点を探っていく必要があるだろう。

(熊野英生・第一生命経済研究所首席エコノミスト)


週刊エコノミスト2022年12月13日号掲載

景気・物価・ドル円 バブルは別の顔でやって来る=熊野英生

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