週刊エコノミスト Online書評

今後の再発可能性に備え、バブル崩壊の経緯と対応を検証した労作 評者・上川孝夫

『バブル後の金融危機対応 全軌跡1990~2005』

著者 伊藤修(埼玉大学名誉教授)

有斐閣 4180円

 日本のバブル経済は1987年ごろから90年代初頭まで続いた。バブル崩壊後、銀行融資の不良債権化とともに、金融危機が発生するが、この不良債権問題が一段落するのは2005年前後である。本書は、この間における金融危機対応の経過を包括的に検証した労作である。金融危機が今後再発しないとの保証はなく、それに備えて今次危機の記録や教訓を残しておかねばならないというのが著者の問題意識である。

 著者は日本の経済・金融史研究をリードしてきたことで知られる。明治からバブル崩壊前後までを論じた『日本型金融の歴史的構造』(東京大学出版会、95年)でエコノミスト賞を受賞している。本書はこれに続く時期を対象としており、これによって自身の研究は完結したと述べている。

 本書で特筆されるのは、重要な論点に関して、著者の知見がいかんなく示されていることだ。例えば、バブルの発生をめぐって、「正常性バイアス」(破局的事態の到来を考えまいとする人々の性向)が根強いことも含めて、過去のバブルの歴史的経験が軽視されがちであったと回顧している。バブル崩壊後の初動の遅れについても、早期回復の見通しと、「昭和金融恐慌」(1927年)の際に公的資金投入案が政治的混乱を招いたとの判断から、必要な制度が検討されなかったという。

 著者は根拠のない通説にも批判の矢を向ける。金融危機対応の「先送り」については、竹中平蔵金融担当大臣(02年就任)の「ハードランディング路線」で転換が図られ、不良債権問題が収束に向かったというのが通説であるが、事実と合わない。問題の解決には、金融国会(98年)で成立した金融再生法や早期健全化法、さらに資産査定、償却税制、企業再生ルールなどが必要だったが、これらの多くは、それ以前の柳沢伯夫金融行政下で実施されたと指摘する。

 今後を展望して、金融危機が収束した05年以降の変化に触れているのも参考になろう。日本経済の停滞や国際的な地盤沈下が鮮明になり、政治や行政など各システムの劣化が進んだ。新自由主義が破綻したという事実もいまだ明確に受け止められていないと警鐘を鳴らす。

 経済分析をリアルに行うには、歴史分析、さらに政治や社会などをカバーする複眼的視野が必要だが、経済学にはその姿勢が弱い。政府部内に旧経済企画庁に当たる実証的エコノミスト組織を復活させるべきだと提言する。日本の閉塞(へいそく)状況を考える上でも示唆に富む書物である。

(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)


 いとう・おさむ 1956年生まれ。東京大学経済学部卒業後、同大学院経済学研究科修了。大蔵省財政金融研究所研究員、神奈川大学教授等を経て現職。著書に『日本経済≪悪い均衡≫の正体』など。


週刊エコノミスト2022年12月20日号掲載

『バブル後の金融危機対応 全軌跡1990~2005』 評者・上川孝夫

今後の再発可能性に備え 危機の経緯と対応を検証

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