日本で「イノベーション」を起こすには――読み応え十分な異色の入門書 評者・井堀利宏
『イノベーション』
著者 清水洋(早稲田大学商学学術院教授)
有斐閣 3190円
最近の日本経済は、景気循環の一局面としての不況期が長引いているのではなく、構造的な要因で経済の実力水準が低迷している。潜在成長率を引き上げるには、景気対策で需要を刺激する以上に、長期的視点で供給サイドの生産性を上昇させる必要がある。そこでのキーワードが「イノベーション」である。
本書は、イノベーションを「経済的な価値を生み出す新しいモノゴト」と定義し、そのメカニズムや測定方法、パターン、生み出す環境、企業戦略、政策対応などを経済学のツールで分かりやすく説明している。イノベーションの計測は経済学では難題の一つであり、経済成長の要因を供給サイドから分析する「成長会計」の考え方では、イノベーションを資本や労働の投入では説明されない「残差」とみなしてきた。本書はこうした点をテクニカルに解説するよりも、イノベーションにかかわる人や企業のあり方を幅広く考える。
アベノミクスの第三の矢に象徴されるように、我が国でも規制改革で新しい製品やサービスを生み出すプロダクト・イノベーションや能力破壊型のイノベーションを刺激しようとした。しかし、その効果は限定的である。著者は、イノベーションにはインセンティブ(報酬など行動を促す誘因)、コスト、知識プールの三つが重要と指摘する。
我が国では研究者や起業家にインセンティブが乏しいばかりか、金融市場での資金調達コストも高い。さらに、特許などで体系的に知識をプールする仕組みはあるものの、有能な若い労働者を世界中から集めて切磋琢磨(せっさたくま)させる環境は貧弱である。安心・安全を重視する我が国の風土では、既存の製品・サービスを累積的に改良する「プロセス・イノベーション」はともかく、革新的な製品・サービスを生み出す「プロダクト・イノベーション」は期待できそうにない。
本書はイノベーションの概念と事例を体系的に説明するとともに、国、産業、企業ごとの相違などにも言及し、新しさを生み出すチームや人の特徴、また、新しさを経済的価値に転換するための企業戦略やイノベーションを高める政策などについて解説する。最新の学術論文を豊富に引用しつつも、難解な数式を一切使わず、分かりやすく問題の所在と克服すべき課題を解説しており、この分野の入門テキストとして異色である。学生のみならず、イノベーションに興味のある企業人や政策立案者にとっても、読み応えがある。
(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)
しみず・ひろし 1973年生まれ。99年、一橋大学大学院商学研究科修士。2002年、ノースウエスタン大学大学院歴史学研究科修士。著書に『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション』など。
週刊エコノミスト2022年12月27日・1月3日合併号掲載
『イノベーション』 評者・井堀利宏 日本で「革新」を起こすには 読み応え十分の“異色”入門書