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週刊エコノミスト Online 挑戦者2023

視覚障害者の“道”をITで切り拓く――千野歩さん

ちの・わたる 1985年東京都生まれ。2008年青山学院大学理工学部卒業後、本田技術研究所入社、自動運転システムの研究開発などに従事。21年本田技術研究所の新事業創出プログラムからスピンアウト(分離)してAshiraseを設立。37歳。(撮影 武市公孝)
ちの・わたる 1985年東京都生まれ。2008年青山学院大学理工学部卒業後、本田技術研究所入社、自動運転システムの研究開発などに従事。21年本田技術研究所の新事業創出プログラムからスピンアウト(分離)してAshiraseを設立。37歳。(撮影 武市公孝)

Ashirase代表取締役CEO 千野歩

 世の中にある道案内の機能は、目の見える人に向けたもの……。本当に必要としている視覚障害者の人たちのために、振動の力を使った道案内システムを作り上げた。(聞き手=白鳥達哉・編集部)

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 視覚障害者が目的地まで安全にたどり着くための歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」を開発しています。足に装着するデバイスで道順を知らせるため、「あしらせ」と名付けました。

 視覚障害者の人たちは外出の際、白つえや足の裏で路面状況を探ったり点字ブロックを探したりするほか、保有視力や聴覚、嗅覚など全身を使って現在位置を把握しています。ただ、目的地までたどり着くには、安全に関する情報だけでなく、どの道を曲がるかといった道順の情報も把握しなければなりません。行き慣れた場所であればともかく、新しい場所の場合、単独で歩いて行くことは至難の業です。

振動デバイスは履いても違和感のない、柔らかい素材で作られている
振動デバイスは履いても違和感のない、柔らかい素材で作られている

「あしらせ」はまず、視覚障害者の人が持つスマートフォンに独自開発した地図アプリをインストールします。その地図アプリと連動する振動型のデバイスを視覚障害者の人の左右両足の靴の中に装着してもらい、振動によって道順などを知らせる仕組みです。デバイスは両足それぞれのかかと、足の側面、甲の3カ所が振動するようになっています。

 例えば、「次は右に曲がる」という場合、右足の側面が振動して道順を知らせます。また、前進する場合は両足の甲が振動し、進行方向と逆を向いている場合はかかとが振動します。曲がる場所までの距離は振動の間隔で分かるようにしています。デバイスは柔らかい素材で作っており、スニーカーやパンプスなど、さまざまな靴に対応が可能です。

親族の事故がきっかけに

 開発のきっかけは約5年前、妻の祖母が歩行中に足を踏み外し、川に落ちて亡くなる事故が起こったことです。高齢者ということもあり、目が不自由だったことが原因だと判断されました。こうした事故は避けられないかと可能性を探るうち、センサーや通信を使えば実現できるのではと考えました。すぐに近くの福祉協会に連絡して、視覚障害者の人たちとコミュニケーションを取り始めました。

 ただ、この時はアイデアを形にしてみようという思いだけ。所属する本田技術研究所では電気自動車(EV)の開発などをしていたので、あくまで業務外の活動です。開発資金も自分で少しずつ工面していました。そんな時、本田技術研究所の中で新規事業提案のプログラムが立ち上がります。2度目の応募でスタートアップ事業として採択され、起業することにしました。

 現在はホンダから一部出資を受ける形で独立しています。「あしらせ」は23年3月までのサービス開始を目指し、量産体制を整えているところです。正式決定ではありませんが、デバイスの本体価格は8万円弱、アプリ利用料として月額500円を予定しています。

 視覚障害者の人たちは、外出先での待ち合わせの際、互いに相手を見つけられずに苦労することもあります。将来はこうした課題を解決できるようなサービスも開発し、一人ひとりのニーズに対応できるようにしていきたいです。


企業概要

事業概要:視覚障害者向け歩行ナビゲーションシステムの開発

本社所在地:東京都墨田区

設立:2021年4月

資本金:1億7749万円(千円以下の単位切り捨て)

従業員数:12人(業務委託など含む)


週刊エコノミスト2022年12月27日・2023年1月3日合併号掲載

挑戦者2023 千野歩 Ashirase代表取締役CEO 視覚障害の“道”を切り開く

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