実生活に役立つ行動経済学の有用性を豊富な事例で解説 評者・小峰隆夫
『行動経済学の処方箋 働き方から日常生活の悩みまで』
著者 大竹文雄(大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授)
中公新書 924円
伝統的な経済学は、合理的な経済主体を前提とするが、行動経済学ではその前提がない。評者は、これまで伝統的な経済学に基づいて経済学の有用性を示そうとしてきた。私が経済学を学んだ時には、行動経済学という分野はなかったからだ。
行動経済学の登場により、経済学が役に立つ度合いは飛躍的に高まった。現実に生きている人々は、必ずしも合理的ではないのだから、行動経済学がより役に立つ処方箋を導き出せるのは自然なのである。本書では、その行動経済学の有用性が説得的に示されている。身近な実例をふんだんに使った説明が提供されているので、初学者にも分かりやすいはずだ。
例えば、我々には「損失回避」という特性がある。1万円失った時の悲しみは、1万円もらった時の喜びの2倍以上なのだ。すると、得をする場合はリスクを避けようとし(ギャンブルで勝ったらそれ以上のギャンブルはしない)、損失を被る場合はリスクを取ろうとする(損をすると、その損を確定するのが嫌なので、一発大逆転のギャンブルに走る)。ここで、評者はなるほどと深くうなずいた。日本が「財政赤字が拡大しても財政は破綻しない」というギャンブルに走っているのは、まさにこれだと思ったからだ。
著者は経済学の有効性を発揮する上での強力な実践者でもある。特に、新型コロナウイルス感染症が経済社会に大きな影響を及ぼしつつある中で、公的な場での活発な発言を続けており、本書にはそうした実践活動が紹介されている。
著者は、感染症の専門家だけで最適な政策提言ができるのは、感染者数を減らすことが政策的に優先されるという局面に限られると言う。ワクチン接種が進み、治療法が確立されてきた段階では、感染防止と社会経済活動の両立を目指すことが必要であり、その時には経済学の知見が大いに役立つのだ。
著者はまた、感染者数のような目立ちやすい情報に依存するのではなく、数字には表れにくい経済・教育等に関する危機意識を共有すべきだと言う。その通りだ。評者は、大学の食堂に「黙食」と大書された張り紙を見るたびにため息が出る。
本書を読むと、経済学は最先端の分野になるほど役に立つ度合いが大きいと思われてくる。経済学は人々の幸福度を高める上で、ますます役立つようになっているのだ。多くの人が本書を読んで、そうした経済学の建設的な未来を感じ取ってほしいと思う。
(小峰隆夫・大正大学教授)
おおたけ・ふみお 1961年生まれ。京都大学経済学部卒業。大阪大学大学院経済学研究科博士前期課程修了。大阪大学大学院経済学研究科教授などを経て現職。『日本の不平等』でエコノミスト賞はじめ数々の賞を受賞。
週刊エコノミスト2023年1月24日号掲載
『行動経済学の処方箋 働き方から日常生活の悩みまで』 評者・小峰隆夫
経済学が飛躍的に役に立つ 最先端の事例が開く未来