教養・歴史書評

中国独自の金融システム形成を、中国人著者が日本語で克明に分析 評者・田代秀敏

『中国のシャドーバンキング 形成の歴史と今後の課題』

著者 李立栄(亜細亜大学都市創造学部准教授)

早稲田大学出版部 4400円

 シャドーバンキングとは、銀行ではなく証券会社、ヘッジファンド、ノンバンクなど預金業務をおこなわない金融機関が仲介する融資である。

 シャドーバンキングの「シャドー」は、「銀行を介さない」という意味であり、「不正」という意味ではない。したがって、シャドーバンキングを「闇金融」や「簿外融資」などと訳すのは、まったくの誤りである。

 実際、シャドーバンキングの具体例である投資信託や証券化商品、マネー・マネジメント・ファンド(MMF)などは、日米欧でも新興諸国でも合法的な金融商品である。

 1990年代以降のグローバル化と金融イノベーションによってシャドーバンキングは飛躍的に拡大し、2008年の米国発世界金融危機を引き起こす原因のひとつとなった。

 08年以降、世界経済の成長を最もけん引してきた中国でも、シャドーバンキングが急速に拡大し、非金融業の新規の資金調達の半分以上を占めているといわれている。

 それは「中国発世界金融危機」を引き起こすのではないかと危惧されているが、中国のシャドーバンキングは公式の定義がなく、データが発表されていないため、最新の実像をフォローした研究はほとんどない。

 北京大学経済学部経済学科を卒業し、スタンフォード大学ビジネススクールで経営学修士(MBA)を取得し、早稲田大学で博士号を授与された著者が、中国語で記された第1次資料を渉猟(しょうりょう)し、中国の要人たちから丹念に中国語でヒアリングして蓄積したデータを、米国のシャドーバンキングとの精密な比較を通じて分析することで、中国のシャドーバンキングの「形成の歴史と今後の課題」を明らかにしたのが本書である。

 アリペイそしてウィーチャットペイによって中国ではキャッシュレス経済が既に実現している。アリペイを運営するアントグループは、傘下の企業を通じてさまざまな金融ビジネスを展開しており、その中にはシャドーバンキングも含まれる。

 世界最大のフィンテック企業であるアントグループが中国の金融システムにもたらす潜在的リスクを警戒した中国政府が、15年以降、同社への規制を強めている理由も、本書は明解に説明している。

 中国でシャドーバンキングは金融イノベーションの促進、金融構造の改革、金融市場の発展に貢献し、日米欧と大きく異なる中国独自の金融システムが巨大な規模で形成されるのを推進している。それを学術的に分析した本書が日本語で著されたのは、日本にとって天祐(てんゆう)である。

(田代秀敏・infinityチーフエコノミスト)


 Li Lirong 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程・博士後期課程修了。日本総合研究所、野村資本市場研究所などを経て、2022年より現職。著書に『現代金融資本市場の総括的分析』(共著)など。


週刊エコノミスト2023年1月31日号掲載

『中国のシャドーバンキング 形成の歴史と今後の課題』 評者・田代秀敏

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