教養・歴史書評

温室効果ガス排出を実質ゼロへ 野心的な具体策を数々提示 評者・井堀利宏

『スピード・アンド・スケール 気候危機を解決するためのアクションプラン』

著者 ジョン・ドーア(クライナー・パーキンス会長) 訳者 土方奈美

日経BP 2970円

 気候変動は我々が直面する最大の難題である。温室効果ガスの排出がこのまま拡大すると、今世紀半ばに世界で10億人規模の気候難民が発生するリスクがある。極地の氷が解け出し、沿岸地域は水没し、異常気象は多発し、食料不足も起きるだろう。

 本書は2050年まで二酸化炭素(CO₂)排出量をネットゼロ(排出量から吸収量や除去量を差し引き実質ゼロにすること)にする野心的アクションプランを提示する。また、その実現を担保させるべく、政治への働きかけとともに、環境イノベーションのエンジンとなる大規模投資が必要だと主張する。

 著者はグーグルやアマゾンの創成期に投資家や取締役としてその発展に寄与し、その後は世界的ベンチャーキャピタルの会長として、排出量ゼロの技術開発や革新起業家の育成を積極的に支援している。著名人(ゴア米元副大統領、マイクロソフトのゲイツ氏、アマゾンのベゾス氏ら)との対談も読み応えがある。

 本書は、電気自動車(EV)など交通の電化、電力の脱炭素化、CO₂を排出する食料生産の見直し、森林・海洋など自然保護、産業構造のクリーン化といった多方面の分野で、排出量ネットゼロを達成する具体案を詳細に提示する。また、環境イノべーションに必要な巨額の資金を、政府だけでなく企業や民間寄付で調達する具体案も紹介する。

 多くの国で化石燃料業界を保護している税制優遇が既得権となっている。こうした政策を撤廃し、クリーン技術のイノベーションをより支援すべきという提言はもっともらしい。核融合への期待など実現性が不透明な提案も見られるが、産業をクリーンにするさまざまなアイデアは参考になる。

 著者はクリーン技術はコスト面でハードルが高いことを認めつつ、短期的失敗を恐れず、大胆に挑戦することを促す。明確で測定可能な目標設定が十分に発揮されれば、野心的な計画も達成できるし、それしか気候変動危機を克服する選択肢はないという。

 国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)での各国間の利害調整が難航しているように、気候変動への国際協調は容易でなく、ウクライナ危機で地政学上のリスクが顕在化したことで、気候変動リスクはさらに深刻になった。こうした現下の情勢を踏まえると、本書のような腰の据わったアクションプランの意義は大きい。幅広い読者層が想定できるが、中でも気候危機に敏感な若い世代に本書を推薦したい。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 John Doerr 世界的なベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンス会長。グーグル、アマゾンには創業時から関わり、100万人規模の雇用を創出したとされる。2006年からゼロエミッション技術に投資している。


週刊エコノミスト2023年2月14日号掲載

『スピード・アンド・スケール 気候危機を解決するためのアクションプラン』 評者・井堀利宏

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