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経済・企業 日銀大検証

岸田政権が10年ぶりの総裁交代で狙う“インフレ退治” 浜田健太郎

 秒読み態勢に入った次期日銀総裁人事。歴代最長の在任10年間となった黒田東彦総裁が4月8日に退任し、新総裁が就任する。衆参両院の同意を得て内閣が任命する総裁に誰を据えるのかは、人事権者である岸田文雄首相にとって政治的な力量を試される勝負どころでもある。

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日銀の雨宮正佳副総裁 Bloomberg
日銀の雨宮正佳副総裁 Bloomberg
中曽宏・元日銀副総裁 Bloomberg
中曽宏・元日銀副総裁 Bloomberg

 次期日銀総裁には、雨宮正佳副総裁や前副総裁の中曽宏氏(大和総研理事長)、元副総裁の山口広秀氏(日興リサーチセンター理事長)ら日銀出身者のほか、元財務官の浅川雅嗣アジア開発銀行総裁などが候補に挙がる一方で、「初の女性総裁ではないか」といった観測も出ている。すでに人選を終えているはずの岸田首相の意思を読み解くキーワードは「インフレ」だ。

 昨年から利上げを進める米欧の中央銀行に対して、日銀は大規模な金融緩和を維持。内外金利差の拡大によって、昨年夏以降に急激な円安が進み、日本でも米欧に遅れる形でインフレが進行中だ。昨年12月の全国消費者物価指数は前年同月比で4.0%上昇、40年ぶりに4%台に乗せた。

 東京電力ホールディングスなど大手電力7社は、燃料価格高騰と円安による輸入価格の押し上げを理由に電気料金を3〜4割値上げすると経済産業省に申請。物価高が家計や企業活動をさらに圧迫する懸念が高まっている。

「中央銀行万能」は誤り

 ある自民党関係者は、「岸田政権にとって最大のアキレスけんはインフレだ。エネルギーや食料などの価格引き下げは日本政府にはできないため、物価対策を進めるには円高誘導しかない」と説明した上で、次のように指摘した。「新しい日銀総裁の下で過度に進んだ円安を修正する。春の統一地方選、秋以降の解散総選挙に向けて、岸田政権は物価対策に真剣に取り組んでいると国民に訴えるのが自民党の中枢の意見だ」

 10年前に安倍晋三氏が首相に返り咲いた当時は、デフレ(持続的な物価下落)克服が最優先課題だった。安倍氏は、大規模な金融緩和を柱とするアベノミクスを推進。超円高の是正や株価回復などを成果に掲げ、6回の国政選挙に勝利して憲政史上最長の長期政権を築いた。その安倍氏は昨年7月に凶弾に倒れて死去。日本の政治と経済を取り巻く環境は10年前とは様変わりした。

 ある政界ウオッチャーは、「岸田政権が掲げる『新しい資本主義』の本音は反アベノミクスだ」と指摘。金融緩和を大胆に推進するリフレ政策は終幕を迎えつつある。

「中央銀行がインフレ目標を持って、絶対に実現するという信念で政策を実行すれば国民が信用する。この先、物価が上がるという認識が広がれば、家計の消費と企業の投資が促されて物価目標が実現する」──。これがリフレ政策を支える理論的な根拠だ。ノーベル経済学賞を受賞したニューヨーク市立大学のポール・クルーグマン教授は、「日本のようにデフレに陥って、金利がゼロになっても中央銀行にはまだ対応できる政策はある」と提唱。日本の経済論壇でもリフレ派の勢いが増した。

膨張し続けた資産規模

 2013年3月に黒田氏が総裁に就任した直後の4月、日銀は「量的・質的金融緩和(QQE、異次元緩和)」を開始。黒田氏は「戦力の逐次投入はしない」と強調し、2年間で物価2%上昇の目標達成を掲げた。14年10月にはQQEを強化し、国債の買い入れ額を年50兆円から80兆円に増額した。しかし、2%の安定的な物価上昇は達成されず(図1)、当初は2年間とした達成時期はたびたび延期された。

 元日銀理事の山本謙三氏は、2%物価上昇を目標としたリフレ政策について、「完膚なきまでに否定された。事実がそうならなかった。『中央銀行万能論』の下、中銀が人々のインフレ心理を自在に操れると考える危ない理論に立脚」していたと指摘する。

 16年1月に日銀は初めてマイナス金利政策を取り入れた。同年10月には、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)を導入。10年物国債(10年債)金利がおおむねゼロ%程度で推移するように日銀が国債を買い入れることで、従来日銀が「できない」と説明していた長期金利の操作に踏み出した。

 前例のない「異次元の政策」によって日銀のバランスシートは肥大化した。国債の保有残高は90兆円(12年末)から535兆円(22年9月末)に急増。国債発行総額に占める日銀の保有割合も、12年末の11.4%から22年9月末には50.2%へと上昇した。日銀の総資産の対名目GDP(国内総生産)比は約130%にもなり、米連邦準備制度理事会(FRB)と比べてもバランスシート膨張の度合いは著しい(図2)。

 禁じ手とされる「財政ファイナンス」(中央銀行による財政赤字の穴埋め)に事実上陥ったとの批判も強い。ひいては、日本政府の財政規律が従来にも増して弛緩(しかん)し、日本国債の格下げを引き起こしかねないとの懸念もある。

 元日銀理事の山本氏は「中央銀行として財政ファイナンスは行わないことを明示するため、日銀はバランスシートを減らして国債保有残高を平時に戻す必要がある」と指摘する。

「退却戦」も10年がかり

 ただ、「退却戦」には難路が待ち受けている。日本の国債市場におけるガリバーである日銀が買い入れを減らせば、金利は跳ね上がる(国債価格は下落)。すると、国債を保有する金融機関に含み損が生じる。昨年12月20日に日銀が、YCCにおける10年債金利の変動許容幅を0.25%から0.5%に引き上げた途端に金利が急騰し、そのリスクが顕在化した(図3)。

 日銀が、異次元緩和の出口を目指すと同時に、市場や金融機関の経営に悪影響が及ばないようにするには、国債の買い入れ額をいったんは増やしつつ、減らすタイミングを模索する運営を粘り強く継続する必要がある。異次元緩和から撤退を始めてから収束に至るまでにどれくらいかかるのか。山本氏は、「約10年間、正常ではない政策を続けてきたのだから、(出口まで)同様に10年近くかかるのではないか。相当の長期にわたることは間違いない」と語った。

(浜田健太郎・編集部)

※お詫びして訂正します。記事中の図1で、左縦軸の単位を「百兆円」とすべきところ、「兆円」と誤って記載しておりましたので、当該部分を訂正いたしました。


週刊エコノミスト2023年2月14日号掲載

日銀大検証 岸田政権「インフレ抑制」へ 10年ぶり総裁交代で緩和修正=浜田健太郎

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