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米露の「正義」の衝突が招く世界経済の弱体化 浜田健太郎(編集部)

向かい合うアメリカのバイデン大統領(左)とロシアのプーチン大統領。価値観で真っ向対立(2021年6月、ジュネーブ)Bloomberg
向かい合うアメリカのバイデン大統領(左)とロシアのプーチン大統領。価値観で真っ向対立(2021年6月、ジュネーブ)Bloomberg

 ウクライナを舞台にした米英など西側とロシアの敵意が先鋭化している。第二次世界大戦を招いたブロック経済が再来すれば、貿易縮小や歯止めの利かないインフレなどにより資本主義経済に激痛をもたらす可能性も否定できない。>>特集「歴史に学ぶ 戦争・インフレ・資本主義」はこちら

グローバル経済は瓦解寸前

 米国の著名ジャーナリスト、トーマス・フリードマン氏は、1999年に出した著書『レクサスとオリーブの木』で、「マクドナルドが進出した国同士では戦争しない」と強調した。米国文化の象徴であるファストフードを愛好する中産階級が育った国同士は、もはや戦争をすることに興味を失うとの理論だ。

 世界100カ国以上で展開する店舗網は、グローバル化のシンボルでもある。当時の米国はソ連との冷戦に勝利し、経済で追い上げてきた日本を突き放した。だが、単独覇権のユーフォリア(多幸感)を代弁するようなフリードマン氏の楽観的な主張は、20年あまりを経た今は説得力を失った。

 90年にロシアに初出店したマクドナルドは、約30年で約850店に拡大したが、2月24日のロシア軍のウクライナ侵攻を受けて全面撤退。現在は、ロシア資本が店名を変えて営業中だが、店頭は以前と変わらずに賑わっている(詳報はこちら)。5月末までに、欧米日の進出企業による約2600店舗がロシアから撤退した。だが、大半の食料とエネルギーを自給できるロシアでは、米欧が主導する経済制裁に動揺する気配はない。

海底ガス管は誰が破壊

 我慢強いロシア人たちも、ウクライナ戦争に関連して、西側の政治家やメディアから何事も母国の犯罪と決めつけられることには耐えられないようだ。11月3日、ロシア外務省前では、英国のブロナート駐露大使の到着を待ち構えていた数十人が、「英国はテロリスト国だ」と抗議の声を上げた。ロシア側はこの日、10月29日にクリミア半島のロシア黒海艦隊基地に向けたドローン攻撃に英軍の専門家が関与したとして、同大使を呼び批難した。ただ、集まった抗議者たちの怒りの矛先は、むしろ、海底パイプライン「ノルド・ストリーム2(NS2)」が破壊された事件に向けられたのだろう。

 ロシアからバルト海経由でドイツに天然ガスを送るNS2は、総工費95億ユーロ(約1兆4000億円)。昨年秋に完成したNS2は供用開始目前だったが、ウクライナ侵攻によって稼働には至らず、9月下旬に何者かが破壊した。インターネット上では英国の関与が取り沙汰される。

 英の同盟国の米国は、かねてNS2に難色を示してきた。オバマ元大統領が反対し、トランプ前大統領は経済制裁をちらつかせ、代わりに米国産の液化天然ガス(LNG)をドイツに売り込みを掛けた。しかし、「輸送距離が3000キロまでなら、LNGよりもパイプラインのほうが断然安い」(エネルギー・アナリスト)とされる。NSの全長は約1200キロ。エネルギー資源に乏しい産業国家ドイツにとって、安価なエネルギーの調達は生命線で国策でもある脱原発実現のためにも、安全保障上のリスクを比較しながら推進してきた。

 軍事とは一見、無関係に思われるエネルギー・インフラの建設プロジェクトに、米国がなぜ強硬に反対したのか。米国の中枢部に根付くロシアへの敵意がその理由だ。バイデン米大統領の著書『約束してくれないか、父さん─希望、苦難、そして決意の日々 ジョー・バイデン』(早川書房)からその輪郭が鮮明に読み取れる。

初対面で侮辱

 著書によると、オバマ政権の副大統領だったバイデン氏は2011年にモスクワを訪問し、当時ロシア首相だったプーチン氏と初会談した。米国が欧州に再配備した弾道ミサイルに対するロシアの懸念を払拭(ふっしょく)するのが目的だった。プーチン氏は、隣国ポーランドやルーマニアに再配備されようとしていることに不満を述べたという。不調に終わった会談の終わりに、バイデン氏は、プーチン氏の目をのぞき込み、「あなたには、心というものがないようですね」と述べた。プーチン氏は、「お互いに、わかり合えたようですね」と答えたという。

 外務省でソ連課長・欧亜局長を務めた東郷和彦氏は近著『プーチンvs.バイデン』(K&Kプレス)でこの場面を取り上げた。東郷氏は本誌の取材で、「バイデン氏は、米国の正義が絶対に正しく、それに対抗するロシア、プーチンが悪だと考えるネオコン(新保守主義者)のイデオロギーに凝り固まっている」と指摘した。

 プーチン氏も、米一極覇権に敵意をあらわにする。10月27日、モスクワでの講演で同氏は、「世界は本質的に多様であり、西洋が皆を一つの鋳型の下に追いやろうとする試みは、絶望的で何も生み出さない」と述べた。

 米露の首脳がお互いの「正義」を押し通す限り、ウクライナ戦争終結への妥協が遠のく。東郷氏は、「ウクライナで無益に命が失われていくことに、私は耐えられない。なんとか停戦に持ち込まないといけない」と述べている。

 ウクライナを介した米露の「代理戦争」が長期化すれば、世界経済への打撃も避けられない。世界銀行は10月4日、ウクライナ戦争の長期化によって、「貿易の遮断や食料と燃料価格の上昇、それに伴うインフレと世界的な金融引き締めによって世界経済は弱り続けている」と指摘した。主要国でのインフレ(図1)は、足元では欧州において上昇が続き、ウクライナ侵攻後に春先に跳ね上がったロシアでは低下傾向にある。

ロシア貿易急増のインド

 表はロシアのウクライナ侵攻後の主要国の対ロシア貿易額と前年同期比増減率だ。インドが大きく伸びているのはロシア産原油の輸入急増によるとみられる。対露強硬派の英米が大幅に減少するなど、同盟・外交関係によって経済圏が分断される「ブロック化」が形成されつつある。

 エネルギー問題に詳しい藤和彦・経済産業研究所コンサルティングフェローは、「ウクライナ侵攻に起因したエネルギー価格の上昇は、今後半年程度の短期では沈静化の方向だ。ただ、それ以降は油田、ガス田への投資不足の影響による価格上昇が顕在化する。ニューヨークWTI原油だと1バレル当たり100ドル超の水準が常態化するだろう」と述べた。

 その上で藤氏は、「過去30年続いたグローバリゼーションの後戻りが起きている。世界のサプライチェーン(供給網)が最適化されてディスインフレ(物価上昇の鈍化)が続いてきた。今後、経済のブロック化が進めば、30年継続したディスインフレが5年くらいで巻き戻される可能性がある。戦争が終わらず地政学リスクが高まれば、ますます生産コストは上昇する」と話し、インフレが長期化するとの見方を示した。

(浜田健太郎・編集部)


週刊エコノミスト2022年11月22日号掲載

米露の「正義」の衝突が続く グローバル経済は瓦解寸前 浜田健太郎

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