⑧ガラパゴス――ネット広告デザインの評価基準の「標準化」でIT人材の残業時間を大幅削減 AIも活用
国連が2015年に採択した、17の目標から成るSDGs(持続可能な開発目標)。世界の企業の間で、社会課題を解決し、持続可能な社会を目指すSDGsを成長戦略の柱として取り込む動きが広まっている。エコノミストオンラインの連載「SDGs最前線」では日本でSDGsを実践し、実際にビジネスに活かしている企業を取り上げていく。
第8回目は、インターネット広告制作のガラパゴス(東京・千代田)を取り上げる。IT関連の仕事は実は無駄な作業が多く、従業員の残業時間も他業種と比べて多いとされる。同社は広告やアプリなどのデジタルデザインの客観的な基準を設定。個人の主観的な判断に惑わされず、効率的に品質を評価・管理することを通じてIT人材の残業時間を大幅に削減している。
【ガラパゴスが実践するSDGsの目標】・目標2(すべての人に健康と福祉を)・目標8(働きがいも経済成長も)・目標9(産業の技術革新の基盤をつくろう)
IT業界の過度な残業に問題意識
「IT(情報技術)業界は労働集約型の産業で、とにかく残業が多い。我々自身が長時間労働で苦労してきたからこそ職場環境を改善したかった」。ガラパゴスの中平健太社長は力を込める。
パーソルキャリア(東京・千代田)の転職サービス、doda(デューダ)のまとめでは、広告・ウェブクリエイター職の2022年4月~6月の残業時間が全職種の中で最も多い。ガラパゴスは広告やウェブサイト、スマートフォンアプリのデザイン、開発などを手掛けており、同社の幹部もご多分に漏れず、毎日のように深夜まで会社に残って仕事をしていたという。良いデザインやアプリの基準がなく、顧客のさまざまな要請のたびに修正を重ねていたからだ。
中平社長は自動車など製造業の生産効率化を手掛けるコンサルティング会社の出身。「自動車やエアバックなどの工場では、品質チェックなどの基準がしっかりしており、IT業界に比べてはるかに生産性が高かった」(中平氏)。IT業界に携わって気づいたのは、先進的なイメージと裏腹に、製造業の工場と比べて生産性が著しく低く、労働時間が非常に長いということだった。
デジタルデザインの「客観基準」で残業時間が3割以上も減少
なぜIT関連業務は非効率で、従事する社員の残業も多いのか。中平氏は、「工業製品には明確な品質基準があるが、アプリなどのデジタルデザインには客観的な基準がなく、個人の経験に頼っている。このため、品質チェックがそれぞれの人の主観に左右されがちになる」と説明する。
アプリなどのデザインの場合、会社の上司や発注元の顧客がそれぞれの主観で良し悪しを判断し、手直しを要求してくる。しかし、その基準は人によってまったく違う。デザイナーは複数の主観的な判断に振り回されて何度もデザインを変更せざるをえず、いつまでたっても完成しない。結果として残業がどんどん増えていくという悪循環になる。これでは生産性は下がり、良いデザインもできづらい。現場のモチベーションも下がる一方だ。
そこで同社が2021年から始めたのがデジタルデザインの客観基準づくり。ガラパゴスが作成した基準は、「画像の比率」や「文字のフォントの大きさ」「色見による視線誘導」「文章の長さ」「コンテンツ数」など160項目。コンプライアンス(法令順守)はもちろん、読みやすさや、過去の消費者の反響の大きさなどを踏まえて作っている。同社の品質管理担当者がデザインの品質を十分満たしているかをチェックした上で顧客にデザインを提案するようにしたところ、顧客からのクレーム率が導入前の3%から0.4%まで低下したという。
これに加えて、同社では100人以上のデザイナーが現在、どのくらいの量の仕事に取り組んでいるのかをシステム上で確認できるようにした。仕事をできる限り平準化し、1人の社員に過度の負担を負わせないようにするためだ。これらの結果、生産性が向上し、担当者の残業時間が30%以上も減少した。従業員からも「テクノロジーを活用することで効率良く、効果のあるデザインを作れ、より働きやすい環境になった」などと好評だ。
「成長できる職場環境」は採用面でもプラスに
SDGsは目標2で「すべての人に健康と福祉を」、目標8で「働きがいも経済成長も」を掲げている。ガラパゴスによる生産性向上策は、従業員の健康的な生活を促進することにつながり、目標に合致しているといえるだろう。
デジタルデザインの客観基準をつくったことは、ウェブデザイナーの成長にもつながっている。これまでは「先輩の背中を見て自分で育つ」という旧態依然のやり方だったが、「良いデザイン」の基準ができたことにより、自分の長所や弱点が客観的に理解できるようになった。上司も計画的に部下の育成ができるという。
残業時間の少なさや能力を磨ける職場環境が評価されたのか、22年の採用活動には約7000人もの応募があった。合格率はおよそ2%で、優秀な人材を採用できるようになったという。中平氏は「少子・高齢化やIT人材不足を受けて、かつての『会社が人を選ぶ時代』から今は『人が会社を選ぶ時代』になった。IT業界でも人が人らしく働ける職場を作りたい」と話す。
11億円を増資、AI活用で効果的なデザイン提案
ガラパゴスは21年、ベンチャーキャピタル(VC)など7社を引受先とする第三者割当増資で10億8000万円を調達した。主力事業を拡充し、成長を加速させるためだ。
同社のサービスはバナー広告や商品紹介ページなどを解析し、顧客のウェブ広告をより成果が上がるように改善する。約3400万件の広告デザインを人工知能(AI)が「人の画像」「文字テキスト数」といった要素別に「タグ付け」して業界ごとに分類。同社のスタッフが過去データや他社データと比較して広告を制作するという。データやAIを活用してより効率的に良質な広告をつくる試みだ。
ITは企業を合理化するツールとして注目されてきた。しかし、そのITを扱っている現場自体は不合理に満ちているという矛盾をはらむ。ガラパゴスの合理化への挑戦は、こうした矛盾を解くカギの一つとなるかもしれない。
(編集協力 P&Rコンサルティング)
【筆者プロフィール】
かとう しゅん
加藤俊
(株式会社SACCO社長)
企業のSDGsに関する活動やサステナブル(持続可能)な取り組みを紹介するメディア「coki(https://coki.jp/)」を展開。2015年より運営会社株式会社Saccoを運営しながら、一般社団法人100年経営研究機構 『百年経営』編集長、社会的養護支援の一般社団法人SHOEHORN 理事を兼務。cokiは「社会の公器」を意味し、対象企業だけでなく、地域社会や取引先などステークホルダー(利害関係者)へのインタビューを通じ、優良企業を発掘、紹介を目指している。