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教養・歴史 書評

神的で悪魔的な人類の心の揺らぎとしての「悪意」を科学する 評者・池内了

『悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』

著者 サイモン・マッカーシー=ジョーンズ(ダブリン大学トリニティ・カレッジ准教授) 訳者 プレシ南日子(なびこ)

インターシフト 2420円

 意地悪・嫌がらせ・ヘイトスピーチ・不当な言いがかり、など世の中には悪意があるとしか思えない行動があふれ、人を不快にし、憤らせ、時には殺人事件に発展することもある。悪意とは、このような他者を傷つけ害を与える行為に潜む心の奥底にあるもので、アリストテレスの「自分が得をするためでなく、相手が得をしないように他者の願いの邪魔をすること」という定義通り、自分の直接の利益にならない場合が多い。悪意は、そのような心の折れ曲がったような行為だが、協力・利己・利他という人類が生き残ってきた要因とともに、何らかの進化的有利さとして働いてきたはずである。

 本書は、悪意の心理的源泉を分析しながら、脳科学やゲーム理論、心理学の知見を駆使して、人間の生き様において、悪意が果たしている役割をあぶり出そうとしたものである。端的に言えば、人間は神でも悪魔でもないが、神的要素と悪魔的要素の両方を備えている動物で、悪意はそのせめぎ合いから生じる心の揺らぎで、私にもあなたにも無縁のものではない、ということだろう。

 私たちは、不正義とか不当なもうけとか明白な不平等を目撃すれば腹が立ち、正義の名において、自分が損をしてでも相手を罰したくなる。正義を守ることは脳に快感を与えるからだ。このような人間を「ホモ・レシプロカンス(互恵人)」と呼ぶそうだが、不当な支配に対する反抗として悪意を発動する(反支配的悪意)。これがやがて善人ぶる者への蔑視となり、寛大な人間すら引きずりおろそうとすることにつながっていく。

 これとは対極的に、相手より優位に立って支配するため、あるいは他者を下位にとどめておくために、悪意ある行動をとることもある(支配的悪意)。競争社会においては必然的で、競争が激化するとセロトニン値が下がって悪意が高まるのである。このような人間は「ホモ・リヴァリス(競争人)」と呼ばれ、優位を勝ち取ろうとして、進んで損失を被ることすら厭(いと)わなくなってしまう。

 現在の公然たる悪意の発露はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)ではないか。匿名であることにより報復される恐れがなく、嫉妬心や敵愾心(てきがいしん)に由来する反支配的悪意を自由に発露でき、弱い者いじめや中傷に満ちた言葉の砲撃で支配的悪意も満喫できる。この悪意のオンパレードに人類はどう対処すべきだろうか? 放置すれば、悪意とフェイクに満ちた世界を招きかねない。ほどほどの悪意にとどめる知恵を求めるのは無理なのだろうか。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 Simon McCarthy-Jones さまざまな心理現象を研究、特に幻覚症状の研究に関しては世界的な権威。『ニュー・サイエンティスト』『ニューズウィーク』『ハフポスト』など多くのメディアに寄稿している。


週刊エコノミスト2023年3月14日号掲載

書評 『悪意の科学 意地悪な行動はなぜ進化し社会を動かしているのか?』 評者・池内了

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