教養・歴史書評

脱北者パク氏の第二作はアメリカのリベラル批判 冷泉彰彦

 パク・ヨンミ氏といえば、日本でも出版されている脱北者としての壮絶な体験記『生きるための選択 少女は13歳のとき、脱北することを決意して川を渡った』(辰巳出版、2015年)が有名だ。ここでは、北朝鮮での厳しい生活から、命がけで中国から韓国へと脱北した経験が生々しくつづられており、世界的なベストセラーとなった。

 そのパク氏の第2作『時間が残されているうちに 脱北者がアメリカで求める自由』が刊行された。ここでは意外なことに、パク氏はアメリカとしては保守に属する立場から、リベラル批判を展開している。例えば、この間パク氏は韓国からアメリカに移ってコロンビア大学を卒業したが、母校であるコロンビア大学のことを「その政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)が許せない」と厳しく批判している。

 更に、本書を通じて、アメリカのリベラルがイデオロギーの敵に対する攻撃的な姿勢は、まるで北朝鮮の体制が犠牲者を引きずり出して攻撃するのと同質だとしている。リベラルな立場からの「キャンセル・カルチャー」(リベラルな価値観による歴史などの再評価)や「ウォーク」運動(社会正義への覚醒)というのは、無自覚なエリートたちによる敵への無慈悲な攻撃だというのである。

 アメリカの場合、歴史的に、脱北者や北朝鮮における人権侵害を問題にしてきたのはリベラルの側であった。第1作の時点では、パク氏の体験記に反応して同氏を支援に動いたのは保守カルチャーではなくリベラルの立場である。そのリベラルに対して、どうしてパク氏が敵意を込めた本書を執筆したのかというと、個人的な経験の積み重ねが背景にあるようだ。黒人の暴力の被害に遭った際に、白人の目撃者が通報を拒んだとか、北朝鮮体制への厳しい批判をしたら韓国の左派政権に妨害されたなどといったエピソードである。

 アメリカでは共和党保守派の中に「トランプ式の孤立主義」を否定するあまりに、反共主義や軍事タカ派に回帰する動きがあり、これがパク氏の立場と共鳴しているという見方もある。パク氏の「右旋回」は一見すると分かりにくい動きだが、本書の売れ行きが堅調であることから見ると支持する層が確実にいるようだ。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年3月14日号掲載

海外出版事情 アメリカ 脱北活動家の第2作はリベラル批判 冷泉彰彦

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