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宮台真司、襲撃事件の全貌を明かす 田原総一朗が迫るニッポンの闇 コミュニケーション喪失時代の不気味な影

宮台真司氏
宮台真司氏

倉重篤郎のニュース最前線

 昨年11月、社会学者の宮台真司氏が大学キャンパスで襲撃されて重傷を負った。回復した宮台氏は言論の舞台に復帰、このたび「サンデー最前線」で田原総一朗、倉重篤郎の取材を受け、事件の全貌、自死した容疑者、そして背景に広がる時代の暗部について、透徹した分析眼で語った――。

 言論が今ホットなテーマになっている。

 その一つが、放送法の政治的公平性をめぐり、安倍政権時代の官邸が所管官庁の総務省に対し圧力をかけていた問題である。2014年11月26日のことだ。その3日前に放送されたTBS番組「サンデーモーニング」の放送内容を礒崎陽輔首相補佐官が問題視、28日に総務省局長を呼び、放送法4条で定めた「政治的公平性」の解釈を巡り疑問を投げたという。

 同番組では、翌月に行われる衆院選に向けた各党動向などを報じ、スタジオでは関口宏氏を司会に、元毎日新聞主筆の岸井成格氏や多摩大学長の寺島実郎氏(日本総合研究所会長)らが出演し、政権に批判的な意見も述べており、礒崎氏は「コメンテーター全員が同じ主張の番組は偏っているのではないか」との問題意識を抱いたようだ。

 この「政治的公平性」条項の解釈は、従来は報道の自由に配慮して「一つの番組では判断せず全体を見る」ということになっていたが、礒崎氏からは「一つの番組でも明らかにおかしい場合があるのではないか」との指摘があったとされる。その後、礒崎氏と総務省との間でやりとりが続き、翌15年5月12日の参院総務委員会での高市早苗総務相の「一つの番組でも極端な場合は政治的公平性を確保しているとは認めれらない」との答弁になった。

 総務省がこの問題についてまとめた内部文書を立憲民主党が入手して明らかにし、松本剛明総務相もそれを同省の行政文書として正式に認め公開した。礒崎氏を軸に安倍、高市両氏、秘書官らの電話、協議の内容が生々しく描写されている。

 安倍政権の言論封じの実態、舞台裏が、奇(く)しくもお役所の公文書から浮かび上がった。霞が関官僚がかくも具体的かつ詳細に時の政権とのやりとりを記録していたことには驚いたが、安倍氏亡き後にその抑えが利かなくなり、かつての政権の過剰対応を検証する動きが出てきたことは歓迎したい。安倍時代の終わりを印象づける事態でもある。

 ただ一つ欠けている作業がある。安倍官邸が名指しした「サンデーモーニング」の報道内容が、果たして「一つの番組でも極端な場合」として報道管制の対象になるべきものであったかどうか、具体的検証である。岸井、寺島両氏の言論をフォローしてきた者としてはとてもそうは思えない。

田原総一朗氏
田原総一朗氏

被疑者は「日本は凄い」本を読んでいた

 さて、この稿ではもう一つの言論問題を取り上げたい。都立大教授で社会学者の宮台真司氏が同大南大沢キャンパスで昨年11月襲われた事件だ。重傷を負った宮台氏が奇跡的に回復し、暴力には屈しないと、言論を守るための言論活動に邁進(まいしん)している。警視庁捜査1課は3月9日、事件後に自殺した相模原市南区の無職男性を殺人未遂容疑で書類送検し、捜査を終結したが、この機に宮台氏に事件の背景をどう見るか、今の時代状況をどう読むか、田原総一朗氏と対談していただいた。

田原 事件の被疑者は?

宮台 41歳、引きこもり、就職経験、周りとの交流もない。付近の住民には、何年も前には被疑者に会ったことはあるが、どういう風体だったかは覚えていないという人もいる。

田原 動機は何だった?

宮台 この手の襲撃事件には「個人標的型」「条件付き無差別型」「単純無差別型」がある。08年6月の秋葉原殺傷事件は単純無差別型の典型。世界的には珍しい。外国では条件付き無差別型が多い。ムスリムなら、黒人なら、誰でもよかったというケースだ。

田原 あなたのケースは「条件付き無差別」だった?

宮台 そう感じる。被疑者の残した膨大なメモを読んでわかったことは、その反知性主義的な志向だ。知識人や大学の教員を非常に憎む。それにプラスして武断主義。何事も暴力で決すべしという発想が強い。

田原 反知性と武断?

宮台 図書館が好き、本はたくさん読んでいたようだ。『葉隠(はがくれ)』や三島由紀夫の影響もある。そこで興味深いのは、彼が書く内容が何年間も変わらず同じフレーズ、ボキャブラリーを反復していることだ。

「新住民化」「反知性主義」「ミュ二シパリズム」

田原 どんなフレーズ?

宮台 一つは反知性主義的なフレーズ。もう一つはいわゆる体術のフレーズだ。武術を含め体の使い方に強い関心があったらしい。

田原 他は関心ない?

宮台 そこが問題。僕は同じ言葉を永久に反復する人間の「脳内エコーチェンバー」現象に注目してきた。エコーは木霊でチェンバーは部屋。「残響室」だ。同じ言葉やフレーズが絶えず頭の中をぐるぐる回り他のメッセージが入らない。これは世代的な問題でもある。

田原 なぜ世代的問題?

宮台 彼は、1982年生まれの41歳。団塊ジュニア世代(70年代前半生まれ)から始まったロスジェネ世代(75~84年生まれ)に属し、ひきこもり世代(70年代末生まれ以降)とも重なる。団塊ジュニア世代が大学生になった96年ごろから性的退却と「KYを恐れてキャラを演じる」営みが始まる。仲良しごっこの空気を壊すので、性と政治と好きな趣味の話題を避ける。これはコミュニケーション能力の著しい劣化だ。

田原 なぜ学校が対話の場にならない?

宮台 学校の問題ではなくて、育ちの問題だ。ロスジェネ世代の先頭は80年代半ばに小学生になる。僕は「新住民化の時代」と呼ぶが、そこで子供の成育環境が急変した。

田原 何が変わった?

宮台 子供の事故で公園の管理者、設置者責任を問う訴訟が相次ぎ、箱ブランコや回旋塔、シーソーなどの撤去が相次いだ。マンションの屋上で事故があると管理組合が訴えられるので屋上もロックアウト、放課後の校庭から子供たちが閉め出された。子供たちが僕たちの時代みたいに学年や出自や性別を超えて団子になって一緒に遊べなくなる。

田原 雑多な触れ合いがなくなった、と。

宮台 僕は団地の子だが、小学校の教室に、団地の子もお百姓さんの子もお医者さんの子もヤクザの子もいた。異年齢集団でいろんな出自の子が男女交ざり、ドッジボールやゴム飛びや秘密基地ごっこをした。カテゴリーを超えフュージョン(融合)する経験だった。

田原 外遊びした経験のない子たちが成長したと?

宮台 外遊びだけじゃなく、よそんちでご飯を食べたり風呂に入ったりも消え、家族以外の大人と関わらなくなった。遊具撤去は83年から85年にかけてだ。それ以降に小学生になった子らが大学生の年代になったのは90年代後半。そのあたりから突然コミュニケーション力が落ちた。過剰だと思われることを恐れる。過剰だと「痛い」と言われる。痛いと思われないよう空気を読み、キャラを演じ始めた。何でも打ち明けられる仲間ができない。明白に孤独化が始まった。ノイズ(騒音)のない空間で同じ穴の狢(むじな)でたわむれるだけだ。

宮台真司氏と田原総一朗氏
宮台真司氏と田原総一朗氏

アジアの信頼の下、重武装化・改憲

田原 異論は拒絶?

宮台 ひきこもりならその傾向が強くなる。本を読み、ネットにアクセスするが、チェリーピッキングする(見たいものだけ見る)。だから学習がなく、永久に同じテーゼを反復する脳内エコーチェンバー現象だ。それを今世紀からの2ちゃんねるが加速した。

田原 被疑者の興味は三島、『葉隠』だけ?

宮台 日本の歴史に関する本を読んでいた。それも国学系。「日本は凄い」というタイプの歴史書だ。この先は推測でしかないが、読書傾向からすると安倍氏のことは好きだっただろう。

田原 なぜ好きだった?

宮台 美しい日本に立て直すと言っていたから。それを前提にすると、僕は2015年から「日本という国は、経済指標と社会指標の両面で既に終わっている」と言い続けてきた。「条件付き無差別型」で標的を定めた際に、僕の発言が刺さった可能性がある。むろん教員なら時間と居場所が特定できるのもある。

田原 ところでほんとに日本は既に終わってる?

宮台 そう。かつて日本は終わっていると言うと、上場企業のエリート社員向けのレクチャーでは反発を受けた。今はゼロ。一昨年8月の東京五輪の前後で確実に彼らの認識も変わった。僕の予想通り五輪は大失敗だった。あらゆる分野で日本の終焉(しゅうえん)を晒(さら)した。

田原 談合事件もあった。

宮台 国民の税金をジャブジャブ使って中抜きして下には3割しか届かないような電通、パソナの中抜き方式、これで無能な連中が生き永らえていることが五輪疑獄で露呈した。田原 上が取り下までいかない。下の連中はだから偉くなりたいと考える。

宮台 既得権益を変えられない背景には、日本人が所属集団のポジション争いにしか関心がないという劣等性がある。この傾向は社会心理学者の山岸俊男が統計的にも実証した。

田原 年功序列・終身雇用制も背景にある。所属集団の言うことを聞いて偉くなるのが目標になる。

宮台 僕は正規雇用をやめろと昔から言っている。経営者が自由に解雇できない労働者が一切存在しないようにすべきだ。春闘の賃上げ闘争するのは日本だけだ。他国では少しでも給料の高いところにジョブホップしていく。

田原 移ればいい、と。

宮台 なぜできないか。経営団体のトップが終身雇用、年功序列で偉くなった人だから。例えば自動車産業。内燃機関で偉くなった人が出世すれば、内燃機関と利益相反する新しいプロジェクトを立ち上げられない。

田原 宮台説に立つと日本の先はなかなか見えない。

宮台 お上が頼りにならない以上自分たちでやるしかない。それでかろうじて先が見える。一つの手段が欧州で生まれた共同体自治主義(ミュニシパリズム)。自分たちでできることは自分たちでやっていこうという意識をどれだけ持てるかがカギだ。

田原 日本でもその芽が?

宮台 今まではほとんどないが、コロナ下の3年間と東京五輪を挟んで日本が徹底的に駄目なことを多くの人が理解したことは大きい。底を打ってリバウンドできるか勝負になる。

田原 岸田文雄政権の安全保障政策の大転換は?

宮台 あれはお笑いだ。財務省は軍拡増税の手法を確立したい。経産省は明治の殖産興業みたいに軍需で産業振興したい。経済界は恩恵にあやかりたい。それで何が出てくると思えばトマホーク400基の購入だ。

田原 「防衛予算5年で43兆円」が初めにありきだった。何を買うかは後回しで、米国の要請が強かった。

宮台 それでおこぼれに与かろうとした。にしてもトマホークはまずい。トマホークは時速800㌔余りだ。低空飛行しても上空から追尾式ミサイルで簡単に迎撃できる。

田原 宮台さん主唱の重武装・中立路線というのは、やはり対米自立を考えた?

宮台 日本が米国から自立するには自前の武装がなければ無理だ。それにはアジアでの信頼醸成が欠かせない。安全保障とは、軍事だけでなく、経済、文化、資源エネルギーを合わせた全てだ。信頼醸成をベースに、重武装化を可能にする憲法にし、随時変えられる安全保障基本法で、情勢を絶えず学習しながら装備と戦略を変えていく。そうすることで、米国の軍事に依存するがゆえに米国の外交にも追随せざるを得ないあり方をやめられる。全てワンパッケージだ。それができない限り、日本が国連常任理事国になる可能性は永久にない。各国が「なぜ米国に2票与えるのか」と反発するからだ(笑)。

宮台氏の体調を気遣う田原氏
宮台氏の体調を気遣う田原氏

広範に知性的に、そして仲間を守れ

田原 今何を最も懸念?

宮台 日本人の自信喪失だ。特に若い世代に顕著だ。青少年研究会のデータだと、自分に価値があると思える割合は、米国や中国の高校生は7~8割いるのに、日本では6~9%だ。

田原 日本では自分に自信を持つのは悪いことだ。もっといえば自分に自信を持つと偉くなれない。

宮台 僕の統計調査では、自信がないと、非社交的になりるか、ヒラメ・キョロメになるか。後者は、上を見て、横を見て、ポジションを決める。何かを貫徹する代わりに、周囲に適応するだけの流される人間だ。空気に抗(あらが)って、自分が抱く価値を貫徹することができる人間を育てられないと、産業構造ひとつ変えられない。ならば自己信頼を上げるしかない。

田原 生きるとは何か、根本を学ぶ教育が必要だ。

宮台 僕が言いたいのは「think globally(シンク・グローバリー)、act locally(アクト・ローカリー)」。人間が生きるのは仲間のため、仲間の支えを受けて仲間にリターンを返すためだ。それが本当の幸いを与える。自己防衛のために反知性主義的にふるまうのではどうにもならない。仲間を守る情動の連鎖に棹(さお)さしつつ、できるだけ広範に知性的に考えて行動する。何のために生きているんだよ、お前、ということだ。

    ◇   ◇

 宮台氏は論を唱えるだけの人ではない。子供を集めキャンプで一緒に料理、火や食について、先史に遡(さかのぼ)り、地球全体に想像力を広げて語り合う、そんな企画も行っている。氏の「新住民化理論」に基づき、子供を「既成社会への閉ざされ」の外に解放する活動である。その言や重し。膝の傷深くまだ足を引きずる氏の背に、そんな声をかけたかった。

みやだい・しんじ

 1959年、宮城県生まれ。社会学者。東京都立大教授。現代社会のリアリティと独自の変革を追求してきた。著書に『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』『崩壊を加速させよ』ほか

たはら・そういちろう

 1934年、滋賀県生まれ。ジャーナリスト。タブーに踏み込む数々の取材を敢行し、テレビジャーナリズムの新たな領域を切り開いてきた。近著に『さらば総理』

くらしげ・あつろう

 1953年、東京都生まれ。78年東京大教育学部卒、毎日新聞入社、水戸、青森支局、整理、政治、経済部を経て、2004年政治部長、11年論説委員長、13年専門編集委員

「サンデー毎日3月26日増大号」表紙
「サンデー毎日3月26日増大号」表紙

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