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何話す? 政治家と天皇 「内奏」から考える皇室 社会学的皇室ウォッチング!/66 成城大教授・森暢平

天皇陛下に内奏する安倍晋三首相(当時)=皇居・宮殿「鳳凰の間」で2019年5月14日、宮内庁提供
天皇陛下に内奏する安倍晋三首相(当時)=皇居・宮殿「鳳凰の間」で2019年5月14日、宮内庁提供

 内奏とは、侍従長などの立ち会いなしに政治家が天皇に会い、政治上の報告をなすことである。天皇陛下が即位した直後の2019(令和元)年5月14日、安倍晋三首相(当時)が内奏する場面が映像で公開された。政治家と天皇は内奏という場面で、何を語っているのだろうか。

 今年3月7日には、古谷一之・公正取引委員会委員長の再任の認証式が皇居であった。侍立したのは河野太郎デジタル大臣だ。河野大臣は認証式に先立って宮殿「鳳凰の間」で内奏した。河野大臣のブログは宮中行事についてしばしば記述し、今回も内奏の所作について報告している。興味深いので、そのまま紹介しよう。

 ノックして入室。

 入り口で挨拶(あいさつ)「失礼いたします」。

 椅子の脇まで進み、再び御挨拶「国務大臣、河野太郎でございます」。

 陛下から着席するようお声がかかったら、着席。

「ただ今から謹んで内奏申し上げます」と申し上げ、内奏書を読み上げます。

 陛下からの国務に就いての御下問に対し、お答えします。

 陛下からの御下問がなくなったところ又は陛下から「本日は御苦労様でした」とのお言葉があったところで「以上をもちまして内奏を終了させていただきます」と申し上げます。

 内奏書を持って立ち上がり挨拶し、出口(入口と同じ)まで戻り、再度挨拶「退出させていただきます。ありがとうございました」し(ママ)、退出。

 内奏書は、部屋から退出後、宮内庁職員に渡します。

「失礼いたします」「退出させていただきます」と述べたところは、運動部の顧問と生徒のようである。

 ところで、内奏は一般的には書面を伴う。「内奏書」である。今回は公正取引委員長再任に伴う内奏なので、おそらく同委員会所管行政についての説明が書かれているのだろう。河野大臣は余計な説明はしないで、ただ書面を読み上げたと思われる。

 気になるのは「御下問」である。天皇は、大臣説明に対し何がしかの質問をするのだ。天皇は、内閣が任命した官職を認証する。官記に署名して御璽(ぎょじ)を押すことで、任命は権威付けられる。その際、認証前に任命の周辺事情を説明するのが、内奏である。天皇は認証を拒否できず、周辺事情を「知る」「知らない」にかかわらず、認証しなくてはならない。ましてや質問したところで、任命の事実は変わらない。だから内奏はいらないという議論もあるし、私も政治家が天皇と2人きりとなり説明する点に疑問を持つ。だが、戦前からの慣行が今も続いている。

 「日本軍のいいところ」

 内奏が政治問題化したこともある。1973(昭和48)年5月26日、当時の増原惠吉防衛庁長官は、大阪高裁長官、駐スーダン国大使の認証式に侍立した。その際、増原長官は、当該認証官の任命の事情とは別に「当面の防衛問題」についても内奏を行った。このときの昭和天皇とのやり取りが問題になった。

 午前の内奏を終えた増原長官は正午前、防衛庁に戻り、同庁担当の記者たちに30分にわたり内奏の内容を以下のように説明したのだ。

 陛下は、(中略)自衛隊の勢力は近隣諸国に比べて、そんなに大きいとは思えない。新聞などでは、随分大きいものを作っているように書かれているが、この点はどうなのか、とお尋ねになった。(中略)陛下から、防衛の問題は大変難しいが、国を守ることは大切だ。旧軍の悪いことは見習わないで、いいところを取入れてしっかりやってほしい、というお言葉があった。

 当時、防衛2法改正が政治問題化していた。昭和天皇も防衛力整備に期待しているかのように増原長官はメディアに発信した。これが天皇の「政治利用」と捉えられた。発言から3日後、増原長官は辞任した。

 内奏を研究する歴史家の後藤致人(むねと)によると、「増原事件」以降、メディアは内奏という言葉を「説明」「報告」と言い換えることが多くなった(『内奏』中公新書、2010年)。「御下問」を伴う内奏は、憲法上の位置付けが難しい。だから、言い換えることで、あってなきもののごとく扱われるようになったのだ。確かに、右ページの写真が紹介された『毎日新聞』(東京本社版、19年5月14日夕刊)の写真説明には「内奏」の語は慎重に避けられていた。

 また、「増原事件」以降、内奏や「御下問」の内容を話してはいけないという規範が明確になった。天皇が何らかの発言をしたことは事実に属することだから、政治家が自身の責任でその内容を明らかにすることも許されると私は考える。しかし事件以降、天皇の発言を漏らした政治家はそのことだけで糾弾対象となった。

 皇帝の警告権

「増原事件」に見られるように、昭和天皇は戦前的な感覚から政治家にあれこれと質問したがった。現在の上皇もまた、皇太子時代の1969(昭和44)年8月12日、「イギリスの皇帝は政治に対するウォーニング(警告)権があるが、わが国にはない」としたうえで、公害についての例を引きながら、自分の役割について以下のように述べている。

 立場上、積極的に指導や警告はできないので、産業公害にブレーキをかけ、公害防止のカジをとるといった意味で、機会あるごとに関係者に向かって、質問の形で聞いてきた。わたくしのこうした質問にこたえ、関係者がいく分なりとも公害防止に努力してくれればと思う。

 この発言は、皇室の役割について問題提起をしている。天皇は偉大なる押印機関なのかどうか、あるいは最後の認証機関として少なくとも「質問」する権利は持っているのか――。上皇はその後、政治に関して抑制的ながら自らの思いを発信してきた。政治への警告とまでは言わないが、それに近い効果を持つ発言も少なくなかったと言えよう。

 さて、現在の天皇である。慎重な性格であることもあり、前2代の天皇とは異なり積極的に「御下問」することはないと想像する。それにはマイナスとプラスがある。発信が少ない点ではマイナスである。一方、憲法を守り天皇の役割に厳しいという意味でいえばプラスである。それが今の天皇のスタイルである。

もり・ようへい

 成城大文芸学部教授。1964年生まれ。博士。毎日新聞で皇室などを担当。CNN日本語サイト編集長、琉球新報米国駐在を経て、2017年から現職。著書に『天皇家の財布』(新潮新書)、『天皇家の恋愛』(中公新書)など

「サンデー毎日3月26日増大号」表紙
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