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教養・歴史 書評

経済と環境、共に行き過ぎの議論排し、考え抜かれた思考で両立めざす 評者・諸富徹

『グリーン経済学 つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考』

著者 ウィリアム・ノードハウス(エール大学教授) 訳者 江口泰子

みすず書房 4180円

 著者のノードハウス氏は、環境・経済統合モデルの開発を通じてマクロ経済分析の発展に寄与した業績で、2018年にノーベル経済学賞を受賞した。彼が開発したモデルはいまや、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)など世界中で用いられ、気候変動を抑止しつつ、経済成長を可能にする経路分析の基本モデルとなっている。

 彼のモデルの特徴は、「バランスが取れている」点にある。経済成長至上主義を批判して環境政策(とりわけ炭素価格)の重要性を強調する一方、過激な環境主義からは距離を置き、「グリーンにのめり込んで規制を厳しくしすぎない」ことを求める。私たちの福祉水準が、「経済の活力」と「環境のよさ」の両方に依存する以上、どちらかだけを重視するわけにはいかないのだ。

 彼はモデル計算に基づいて、カーボンプライシング(温室効果ガスの価格付け)の水準が1炭素トン(炭素換算の重量単位)当たり200ドルもの高さに達する必要があると主張したかと思えば(日本の同水準は現在、たったの2ドル超!)、他方で彼は、パリ協定の「2度目標」が非現実的で、経済成長とのバランスを取るならば、全地球平均気温の3度上昇もやむをえないと発言したりする。

 こうした見解ゆえ、環境保護派からは経済や産業に対して甘く、緩い規制しか支持しない人物とみなされ、批判の対象にすらなってきた。だが本書を読めば、決してそんな単純なことではないことが分かる。

 いまだに繰り返し「気候変動なんて起きていない」と主張する気候変動否定論者や、「温暖化なんてアメリカ産業の競争力を削(そ)ごうとする中国人のでっち上げだ」(トランプ前米大統領)などと主張する政治家をバッサリ切り捨て、彼はそれら言説の誤りを舌鋒(ぜっぽう)鋭く指摘する。

 また、「環境保護と自由市場の間には何らの矛盾もない」とする驚くべき立場の米経済学者ミルトン・フリードマンら「自由市場環境主義」を批判し、政府介入こそ、大きな経済的損失なく汚染物質の排出削減を可能にしたと指摘するのだ。ここでは政府の役割を巡る、シカゴ学派と東部リベラル学派の伝統的対立が再び頭をもたげている。

 著者の経済学的グリーン思考は、環境保護主義者には妥協的に、市場主義者には経済に厳しすぎると映る。だが、経済学体系に深く環境を組み込みつつ、環境保全を絶対視しない著者のグリーン思考がいかに考え抜かれ、一貫性を持ったものか、本書を読めばよく理解できるはずだ。

(諸富徹・京都大学大学院教授)


 William Nordhaus エール大学学長、米カーター政権での大統領経済諮問委員、ボストン連邦準備銀行議長などを歴任。専門はマクロ経済と環境。著書に『気候カジノ』『地球温暖化の経済学』など。


週刊エコノミスト2023年3月28日号掲載

書評 『グリーン経済学 つながってるけど、混み合いすぎで、対立ばかりの世界を解決する環境思考』 評者・諸富徹

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