教養・歴史書評

エビデンスに基づく政策形成の充実へ理論、手法、実践例解説 評者・小峰隆夫

『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』

編著者 大竹文雄(大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授) 内山融(東京大学大学院教授) 小林庸平(三菱UFJリサーチ&コンサルティング主任研究員)

日経BP 3960円

 EBPM(Evidence-Based Policy-Making=根拠に基づく政策形成)は、ロジックとデータに基づいた実証的な検討を踏まえて、所定の目的を達成するための効果的な政策を実行していこうというものだが、日本ではまだ十分浸透しているとはいえない。ということは、日本の政策のかなりの部分がしっかりしたエビデンスに基づいているわけではないということなのだが、それだけに今後EBPMが果たすべき役割は大きいともいえる。

 今なぜEBPMが求められているのか。本書では、人口減少や財政の縮小など政策資源の制約が大きくなり、政策課題も多様化していること、データの収集が容易になり、分析手法も発達してきたことなどを指摘している。

 その通りなのだが、評者の期待はもっと大きい。民主主義の下での政策を支える国民意識は時として最適とはいえない政策を支持し、政治はそうした民意をくみ上げようとするので、結果的に最適解とは程遠い政策が実行されてしまう。こうした国民意識と最適政策の乖離(かいり)を少しでも小さくする手段の一つがEBPMだと評者は考えている。

 本書では、EBPMについての広範な議論が紹介されている。まず、EBPMの基本的な概念や手法が解説される。エビデンスとは何か、ロジックモデルの構築、ランダム化比較試験などが取り上げられている(第Ⅰ部「EBPMの基礎」)。

 次に、各方面における活用事例が紹介される。特に、アメリカ、イギリスといったEBPM先進国では、多くの政府部門が積極的にEBPMを活用し、エコノミストとしての訓練を受けた専門家が活発に活動している。うらやましい限りである(第Ⅱ部「海外におけるEBPM」、第Ⅲ部「EBPMの国内事例①」)。

 さらに、EBPMと相性の良い「ナッジ」も紹介される。ナッジとは、人が意思決定する時の環境を上手にデザインし、行動経済学の知見を使って、そっと肩を押すような感じで人々の行動変容を促そうという考えだ。このナッジは、実用に向けてのハードルが低いので、すでに多くの自治体で広く活用されている(第Ⅳ部「EBPMの国内事例②」)。

 本書では、幅広い議論が展開されており、今後各方面でEBPMを実践していく際のバイブル的な存在になるのではないか。なお、評者は官庁エコノミスト出身であるため、本書に多くの現役官僚が執筆者として参加していることを大変心強く感じたことを付け加えておきたい。

(小峰隆夫・大正大学教授)


 おおたけ・ふみお 1961年生まれ。専門は行動経済学、労働経済学。

 うちやま・ゆう 66年生まれ。専門は日本政治・比較政治。

 こばやし・ようへい 81年生まれ。専門は公共経済学。


週刊エコノミスト2023年3月28日号掲載

書評 『EBPM エビデンスに基づく政策形成の導入と実践』 評者・小峰隆夫

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