週刊エコノミスト Online2023年の経営者

既存薬で助けられない人へ新薬届け――宮本昌志・協和キリン社長

みやもと・まさし 1959年長野県生まれ。県立飯山北高校(現・飯山高校)卒、東京大学薬学部卒業、同大学院薬学系研究科修了。85年キリンビール入社。98年薬学博士取得。2011年協和発酵キリン(現・協和キリン)信頼性保証本部薬事部長。執行役員などを経て18年3月から現職。63歳。(Photo 武市公孝:東京都千代田区の本社で)
みやもと・まさし 1959年長野県生まれ。県立飯山北高校(現・飯山高校)卒、東京大学薬学部卒業、同大学院薬学系研究科修了。85年キリンビール入社。98年薬学博士取得。2011年協和発酵キリン(現・協和キリン)信頼性保証本部薬事部長。執行役員などを経て18年3月から現職。63歳。(Photo 武市公孝:東京都千代田区の本社で)

協和キリン社長 宮本昌志

 Interviewer 秋本裕子(本誌編集長)

>>連載「2023年の経営者」はこちら

── 近年の売上収益は成長率が10%以上と、業績は好調ですね。

宮本 当社で開発した「グローバル戦略3品」に掲げる三つの医薬品について2018年以降、北米などの海外市場での発売に成功しました。欧米に加え、アジア市場でも底支えしつつあります。

── それぞれ、どのような医薬品ですか。

宮本 遺伝性疾患が対象の「クリースビータ」と、特定の白血病や皮膚がんに対する「ポテリジオ」、パーキンソン病患者向けの「ノウリアスト」です。前者二つは珍しい病気を対象とした抗体医薬品、ノウリアストはパーキンソン病でよく使われる治療薬の副作用を抑えるために使ってもらう薬です。最も鍵となるのがクリースビータで、この薬は、遺伝子異常のために体内で過剰に作られてしまうたんぱく質のせいで、骨などの成長に必要なリンの血中濃度が低くなってしまう患者に使います。

 リンは骨の成長に必須の成分で、足りないといわゆる「くる病」になってしまいます。そこで、成長期に2週間に1回、この薬を使って過剰なたんぱく質の働きを抑え、リンの血中濃度を保つことで、正常に近い骨の成長を促します。大人でも、リンが少ないと骨折や関節痛などが起こりやすいのですが、4週間に1回の投与で生活の質を向上できます。

── どれぐらい使われている薬ですか。

宮本 この遺伝性疾患は2万人に1人程度とされ、この薬は世界で約5000人の患者に使われています。飲み続ける必要がある上、患者の人数的にも、(業績の)伸びしろがあると考えています。

── 珍しい病気の治療薬として、患者数が多くはない分野を開発する狙いは何でしょうか。

宮本 当社の理念として「ライフ・チェンジングな価値」を掲げていることが一番です。既存の薬で助けられない患者を助けようとの思いでやっています。

 事業戦略としては、当社の事業規模を考慮し、限られたリソースで、一定の売り上げを得られる面があります。世界市場を狙うにはメガファーマ(巨大製薬会社)などの競合に売り勝つことが求められ、他社が開発していない分野を狙うのが有効です。

有望なアトピー新薬も

── 新薬業界では、開発中のパイプラインを複数持つことも重要です。現状で有望なものは。

宮本 まず、中等度から重症のアトピー性皮膚炎を対象としたバイオ医薬品「KHK4083/AMG451」が第3相(最終段階)の治験まで進んでいます。アトピー性皮膚炎の世界市場は1兆円以上ともいわれ、競合も多いです。そこで海外での存在感を高めるためにも、第3相からは米製薬会社アムジェンと組みました。治験結果をみないと断言はできませんが、この開発中の薬では、他のバイオ医薬品と比べて投与間隔を長くできるとみています。26年末ごろの承認を目指したいですね。

 そのほか、目の病気である「加齢黄斑変性」や、糖尿病が原因で起こる腎臓病に対する薬の開発を進めています。

── 治験の結果や、国の承認を得られるかで左右され、経営の先行きを見通すのが難しいですね。

宮本 “薬のタネ”を多く準備していく必要があります。4083が26年末から27年ごろに発売できれば、(特許期間が30年代前半までとなっている)クリースビータの売上額がまだ伸びているところに上乗せできます。特許が切れる頃までに4083をある程度の規模まで伸ばしたいですね。

── タネを増やす戦略は、M&A(企業の合併・買収)でしょうか。

宮本 M&Aも狙いますが、当社の事業規模からすると、海外の大手製薬会社やベンチャー企業との共同開発を中心にしたいと考えています。良いタネはどの製薬企業も狙っており、その中でいかに、当社と組んだ方がよさそうだと思ってもらえるかが大事です。また、どこがどんな研究開発をしているのか情報をつかむのも大切です。スタートアップ企業の情報が多く集まるベンチャーキャピタル(VC)に出資したり、当社でも昨年にコーポレートVC活動を開始したりして、情報網を広げています。

── ビールメーカーから発展してきました。キリングループのリソースはどう生きていますか。

宮本 ビール製造に重要な発酵の技術をバイオ分野に生かす発想自体は、珍しくはありません。ですが、研究を始めてから実際に医薬品が市場に出るまでには十数年かかる事業を、粘り強く続けてきたからこそ今があると思います。

 グループ内で全く違うビジネスをやっている会社間での人材交流は、異なる考え方、新しい視点を互いに生かすことができるのでメリットが多くあります。また、グループには基礎的な科学を扱う研究所もあり、過去にも創薬につながる発見がありました。今後もコラボレーションをしていきます。

(構成=荒木涼子・編集部)

横顔

Q これまで仕事でピンチだったことは

A 2007年春に医薬事業を初めて離れて経営企画部に異動したのですが、「右も左も分からない」とあたふたしました。結果的に、この経験でビジネス感覚を鍛えてもらいました。

Q 「好きな本」は

A 司馬遼太郎の『坂の上の雲』と塩野七生の『ローマ人の物語』です。

Q 休日の過ごし方

A 一番やっていることは飼い犬の散歩です。時間があれば軽いジョギングもします。


事業内容:医療用医薬品の研究・開発・製造・販売および輸出入など

本社所在地:東京都千代田区

設立:1949年(2019年に「協和発酵キリン」から社名変更)

資本金:267億円4500万円

従業員::5982人(22年12月末現在、連結)

業績(22年12月期〈IFRS〉、連結)

 売上収益:3983億7100万円

 営業利益:866億9700万円


週刊エコノミスト2023年4月4日号掲載

編集長インタビュー 宮本昌志 協和キリン社長

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