体系化された理論と日本企業の実践を橋渡しする組織論を展開 評者・土居丈朗
『組織の経済学のフロンティアと日本の企業組織』
著者 新原浩朗(内閣審議官)
日経BP 4180円
本書は、組織の経済学とそれと密接に関わる企業の実態について長年にわたり研究してきた著者の知見を、ふんだんに盛り込んだ書である。著者は、経済産業政策に関わる官僚としても活躍しているが、学究肌の人物として知られる。
組織の経済学は、ノーベル経済学賞の受賞者(2020年のポール・ミルグロム氏)も出すほど確立した研究領域である。ややもすると理論と実践のつながりが希薄になりがちな分野だが、本書はその橋渡し役を見事に果たしている。
本書の醍醐味(だいごみ)は、組織の経済学について体系立てて学ぶことができるとともに、それと関連した企業経営の実例について深く理解できるところにある。経営学や社会学において企業組織に関する研究は従来あったが、社会の変化を個人の意思決定の集積として考える方法論的個人主義に基づいた企業組織の捉え方の特徴が、本書を通じてよく分かる。
組織の経済学は、企業の境界論と内部組織論という二つの側面に分けられる。企業の境界論では、商品供給に必要な工程を広げる垂直統合、特定工程を担当する複数企業を一本化する水平統合やサプライチェーン(原材料調達から販売までの流れ)、さらには企業間契約などを扱う。内部組織論は、文字通り企業内部の組織を扱う。
内部組織論については、リーダーシップやヒエラルキー、意思決定権限の配分といったところが注目されがちな焦点だが、本書では企業文化から話を始めている点に独自性を感じる。企業文化というと一般的にその企業に関わった多くの人々からかもし出される雰囲気のようなものとイメージされがちだが、経済学では経営者と従業員、そして顧客などが、個々の利害に基づくインセンティブ(動機付け)に動かされて、個人間の関係を構築していくことを通じて、企業文化が形成されると考える。
そこで重要になるのが、信用や評判である。これを、ゲーム理論に基づいて考察しているのが本書の特徴だ。経営トップが就任当初からつまずかずに済むのも、企業文化が企業全体のあるべき姿を決定づけているからだ、と本書は指摘している。
本書は、理論編ともいえるA章と、それを用いて日本企業への事例研究を行ったB章という立体的な構成となっている点も興味深い。シャープ、ソニー、セブン─イレブン・ジャパン、ローソン、三井物産、トヨタ自動車、巣鴨信用金庫、みずほ銀行などが取り上げられ、理論と関連深い含蓄のある教訓を引き出している。
(土居丈朗・慶応義塾大学教授)
■人物略歴
にいはら・ひろあき
1959年生まれ。84年に旧通商産業省に入省し、首相秘書官、経済産業省経済産業政策局長などを経て2021年から現職。著書に『日本の優秀企業研究』など。
週刊エコノミスト2023年5月2・9日合併号掲載
『組織の経済学のフロンティアと日本の企業組織』 学究肌の官僚による理論と実践 ソニー、トヨタなど事例研究も=評者・土居丈朗