教養・歴史書評

日銀の“異次元緩和”を真っ向批判 債務超過に至るシナリオ示す 評者・後藤康雄

『日本銀行 我が国に迫る危機』

著者 河村小百合(日本総合研究所調査部主席研究員)

講談社現代新書 1100円

 タイタニック号沈没の場面を描いた帯が本書の内容を象徴している。長年シンクタンクで金融・財政政策を研究してきた著者は、日本の現状に強い警鐘を鳴らす。日本銀行の「異次元緩和」と、それが生んだ財政規律の緩みへの厳しい批判だ。とはいえ、論点も出尽くしたリフレ論争(デフレ克服のために金融緩和・財政出動が必要かどうかを巡る論争)を蒸し返すわけではない。

 増築を重ね、もはや全容もつかみにくい現在の金融政策の建て付けを前提に、いかに異次元緩和の修正が困難かを定量的に示す。最大の衝撃は、本格的な利上げに転じれば日銀が2年で債務超過となるシミュレーションである。ただし、こうした分析はあくまで可能性の話であり、扇動を図るものでない。シナリオの分岐点となる要素も詳述される。しかし、金融市場の受け止め方、今後の財政運営など、いずれも危うい基盤の上にあることもまた示される。

 あくまで一つのシナリオながら、それは財政破綻という破局への道と表裏一体である。もし、現実に破綻したらいかなる事態が待っているのか。戦後の日本や近年の欧州の事例が紹介される。預金封鎖などの金融統制、治安悪化や人口流出など過去の経験がいくつも挙げられる。

 2008年のリーマン・ショック以降、海外でも国債など資産を大量購入する非伝統的金融政策が行われたが、それらとの対比で日本の異次元緩和の異形さが語られる。それはターゲットやタイミングの設定などの技術的な点から、市場の位置付けなど基本哲学にまで至る。紙幅の制約から金融政策の枠内での記述が中心だが、行政や政治にも精通する著者自身は、成長戦略を含む政策決定プロセスなど国家運営のあり方にも強い問題意識を持っていることが端々ににじむ。

「もはやデフレではない」状況のもと、今年4月に日銀の新体制が始動し、出口政策の議論が「時期尚早」でなくなりつつある。時宜にかなった本書は、政府・日銀が破綻するか否かの白黒を論じるものではない。そもそも仕組みが変更されれば、別のシナリオが求められる。しかし、変更があったとしても、本書のシナリオを構成する要素の数々、例えば資金循環の安定性や財政規律は、今後避けられない論点だろう。

 危機回避の道筋も著者は考える。要諦は日銀任せでない国民の意識。氷山の存在を薄々知りつつ衝突した豪華客船と日本に違いがあるなら、「乗客=国民」も氷山を監視し、声を上げられることかもしれない。

(後藤康雄・成城大学教授)


 ■人物略歴

かわむら・さゆり

 1988年に京都大学法学部を卒業後、日本銀行に入行。91年に日本総合研究所に入社し、2019年より現職。財務省財政制度等審議会財政制度分科会臨時委員などを務める。著書に『中央銀行は持ちこたえられるか』など。


週刊エコノミスト2023年5月2・9日合併号掲載

『日本銀行 我が国に迫る危機』 異次元緩和を真っ向批判 財政破綻の危ういシナリオ=評者・後藤康雄

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