資源・エネルギー

日本の蓄電ビジネスはNTT+東電+トヨタの共闘で(編集部)

 電力の200億円分をドブに捨てている──。6月に値上げされる電気料金の裏側で、こんな現実があることをご存じだろうか。

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 一般家庭が1カ月に使う電気にして200万戸を超える太陽光発電の電気が使われないまま捨てられている。日本で最も再生可能エネルギーの普及が進む九州電力は今年度、出力制御という形で、電力需要がない時間に作り過ぎて送電網で受け入れられない電力が最大で7億4000万キロワット時に達する見込みを発表。仮に、これだけの電気を石油火力で発電すると、約200億円かかる。

 この無駄をいかに日本全国で減らし、脱炭素を同時に達成するか、という取り組みが始まっている。

再エネを使い倒す

 国民にとって電気代の高騰は死活問題だ。6月から電力大手7社の電気料金が一斉に値上げされる。値上げ幅は最大40%。ウクライナ紛争による原油・ガス価格の高騰や円安が主因だ。食料価格に加え電気料金の値上げは家計を直撃するが、今秋には政府の電気代補助金が終わり、化石燃料の需要期でさらに高騰することが確実だ。

 では、どうやって電気代を削り、稼ぐのか。電気代が安い時間帯に太陽光など再エネの電気をあえて大量に使用したり、蓄電池にためる。節電要請に応えて報奨金をもらったり、高く売れる時間帯に電力市場で売るのだ。

 産業界ではこんな取り組みが始まっている。太陽光の電力が余っていると予想される時間帯に、大量の電力を使う電炉メーカーが、これまで電気代が安かった夜間の操業から、太陽光の電力が余る昼間の時間帯に操業をシフトし、電気代の節約と再エネ利用による脱炭素を同時に実現しているのだ。

 暑くも寒くもなく、工場の稼働も止まる5月の日あたりの良い連休など、電気の需要が急激に落ちる時期に、大量の発電ができる太陽光発電の作りすぎを吸収するため、蓄電池で電気をため込み、電気が大量に必要となる時間帯や、市場で高く売れる時間帯に放電する取り組みも始まっている。

 大型蓄電システムとして系統(送配電網)につなげる取り組みも全国で始まった。

住友商事は2014年から鹿児島県の甑島で中古EV36台を使った蓄電システムで系統に接続し、実証してきた 住友商事提供
住友商事は2014年から鹿児島県の甑島で中古EV36台を使った蓄電システムで系統に接続し、実証してきた 住友商事提供

 住友商事はこの夏、北海道千歳市で約700台のEV電池を使い、出力6000キロワット、容量2万3000キロワットの大型蓄電所として北海道電力の送電網に接続する。

 EVが走っていない時間帯を利用して、マンションに給電し、電力需給が逼迫(ひっぱく)する時期に住宅に戻す取り組みも始まっている。エネルギーベンチャーのREXEV(レクシヴ)は神奈川県小田原市でカーシェアリングと、遠隔操作できるスマート充放電器約100台を使い、乗用に使用していない時間帯のEVの電池を活用し、昨年7月の電力会社の節電要請時に応え、電気代を獲得した。これを1万台まで大規模化する目標で、同社にはNTTや電力・ガス会社も出資している(特集:電力が無料になる日〈インタビュー「EVを蓄電池として利用する」渡部健REXEV社長〉参照)。

 コストが高い電池を自動車、通信、電力など複数の産業セクターの共有インフラとしてコストをシェアしたり、電池の持つライフサイクルバリューをフルに生かし、電池そのものが持つ収益力を産業の垣根を越えてシェアしたりする取り組みも始まっている。

 EVで使用するだけでなく、乗用していない時間帯の電池を有効利用したり、乗用に適さなくなった電池を大型蓄電システムとして再利用(リユース)したりして、リチウムやニッケル、コバルトなどの希少資源を取り出しリサイクルするのだ。

 再エネという燃料費のかからない究極の国産エネルギーを、電池をうまく活用して使い倒そうという試みともいえる。

全国に系統蓄電「発電所」

 動いたのはトヨタ自動車。EVシフトを本格化し始めたトヨタは5月29日、東京電力ホールディングス(HD)と提携し、新品のEV電池を大型蓄電システム化して送電網へのつなぎ込み、再エネの電力を有効活用する実証を始める、と発表した。

 日本の電力の1%(約100億キロワット)を使う日本最大の電力バイヤーNTTも動き始めている。再エネ電源そのものを確保するため、電力子会社のNTTアノードエナジーが東京電力と中部電力が折半出資する日本最大の発電会社JERAとともに200万キロワット規模(開発中含む)の再エネ会社グリーンパワーインベストメント(GPI)を3000億円で買収するのだ。主導したのは80%を出資するNTTアノード。同社はこの買収に先行して、福岡県と群馬県で系統につなぐ大型蓄電システムの設置にも乗り出している。群馬県は東京電力HDと共同で設置。福岡県では九州電力、三菱商事と再エネの出力制御の低減に向けた電力ビジネスも検討している。

 国もこの動きを支援し始めている。4月に系統につなぐ大型蓄電池を発電所として認める法改正を行ったのだ。これに先行して21年度から22年度にかけ、全国28カ所で系統蓄電システムの助成を始めている(図2)。

 住友商事が北海道で立ち上げる中古EV電池を活用した大型蓄電設備も、この助成を活用した。

 EV電池を送電網に直接つなぎ込むEVグリッドのワーキンググループも5月29日に資源エネルギー庁で始まった。昨年11月に始まった分散型電力システム検討会の中核となる取り組みで、自動車、電力会社、充電器メーカー、充電サービサーなど複数の業界が横断的に議論し、10年後を見据えて今から準備を始める。

 例えば、「ただ充電するだけでなく充放電を遠隔操作できるスマート充電器を整備するルールにしておけば、10年後にEVグリッドを整備しやすくなる」(資源エネルギー庁電力ガス事業部の清水真美子室長補佐)といった議論を今から始めておくのだ。

 国がここまで本気で動いているのには訳がある。国際政治の圧力だ。4月のG7環境大臣会合で、35年に温暖化ガスを19年比で60%削減することが確認された。これは一昨年、菅政権が打ち出した30年の13年比46%を、35年までに65.6%まで引き上げることを意味する。エネルギー基本計画の審議委員を務める橘川武郎国際大学副学長は、「異次元の再エネ導入に踏み込まないと達成不可能な数字」という。

 この動きに経済産業省は先手を打ってきた。二酸化炭素を排出しない水素やアンモニアの活用、東北地方や北海道で整備を進める大型洋上風力、再エネ資源が豊富な北海道から首都圏まで電気を運ぶ海底高圧直流送電線の建設構想、国際争奪戦が始まっているリチウムイオン電池の国産基盤の整備、次世代原子炉の開発──などだ。複数の政策が総動員されているが、この中でも早期に確実に削減目標を達成するには、いまある再エネを有効利用して無駄を減らすしかない。それが一番手っ取り早い。

GX150兆円の中核

 2月10日に閣議決定された日本の「GX実現に向けた基本方針」の中にもこの動きは隠されていた。政府は同日、国債20兆円を含む150兆円の資金投入の内訳を参考資料で明らかにしたが、この内訳に「政策の一つの方向性が見えていた」(橘川氏)という。

 150兆円のうち、自動車に34兆円(蓄電池7兆円含む)、再エネに20兆円、送配電網(ネットワーク)に11兆円。これに脱炭素目的のデジタル投資12兆円を加えると全体の過半に達する。この77兆円を結びつける触媒がEVグリッドというわけだ。

 もちろん課題はある。まだまだ低いEVの普及率と充電インフラの整備だ。日本で普及しているEVは昨年やっと新車販売の2%に達したが、日本全体が保有する8000万台のわずか0.25%、20万台に過ぎない。

 しかしEV普及に向けた動きは加速している。40年のガソリン車全廃を決めているホンダはジーエス・ユアサコーポレーションと組み、20ギガワットの電池の工場建設に4300億円を投じ、27年から日本で生産に乗り出すことを決めた。経産省はこの電池工場に1587億円の補正予算をつける。

 経産省は年間200万〜300万台のEV国産化に必要な電池として150ギガワットの整備目標を示し、すでに稼働中、開発中のものと今回のホンダの計画を足して「60ギガワットのメドを付けた」(経産省の武尾伸隆電池産業室長)。

 産業界を横断する取り組みも動き始めている。電池・素材メーカーから自動車、商社、金融、ITなど140社が参加する電池サプライチェーン協議会では、電力のリユース、リサイクルに必要な電池そのもののあらゆる情報を業界横断で共有できるデジタルプラットフォームを作り、24年度までの社会実装を目指す(特集:電力が無料になる日〈電池のリユースは自動車業界の命綱〉参照)。

 必要なのは、まだ高額な電池を、再利用まで視野に入れ、社会インフラとして自動車・電力・通信・サービスなどセクター横断で共有し、価格を下げて、EVの普及を促す取り組みだ。

 NTTが基地局などで設置している蓄電池は停電時の非常用電源としても利用でき、通信事業の中で償却できるメリットがある。NTTはこれを全国のNTTビル間で直流送電網につなげる取り組みを始めている。こうした取り組みは電力を大量に消費する産業でも意識され始めている。

 図2にある通り全国28カ所で経産省の助成をもとに、電力・ガス、石油元売り、鉄道、商社、製鉄、エンジニアリングなどあらゆる業界が系統蓄電池の設置に乗り出している。

 究極はトヨタと東京電力の戦略的な提携の実現だ。日本総研創発戦略センターの瀧口信一郎氏は「EV用電池がトヨタから東電に流れる形ができれば、潜在的な巨額投資を引き出せる」と指摘する。日本で販売されるEVの電池をリユースで東電が引き取り、エネルギーマネジメントサービスとして電池コストを償却できるビジネスの仕組みだ。

東電9兆円の投資先

 東京電力HDは30年までに9兆円以上を投じてカーボンニュートラル実現に向けたアライアンスを進める方針を昨年4月に明らかにしている。詳細は明らかにしていないが、蓄電ビジネスを脱炭素の中核に位置付けようとしていることは間違いない。

 同社はかねてから「EV用蓄電池の活用は重要。当社が保有する蓄電池のノウハウや独自の安全基準、システム化技術を活用し、EV用蓄電池を使って競争力のあるシステム構築する」と語っていた。5月29日のトヨタとの蓄電システム提携が第1弾とすれば、9兆円を原資とするさらに踏み込んだアライアンスに乗り出す可能性もある。

 産業界と国が連携して始まったEVグリッドの試みは、燃料費のかからない究極の国産エネルギー、再エネを限りなく無料に近づける挑戦ともいえる。

(金山隆一・編集部)


週刊エコノミスト2023年6月13日号掲載

電力が無料になる日 NTT、東電、トヨタの共闘 捨てる再エネは「宝の山」=金山隆一

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