コロナ禍からの回復力の視点で日本の家計に与えた影響を分析 評者・井堀利宏
『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』
編者 山本勲(慶応義塾大学教授) 石井加代子(慶応義塾大学特任准教授) 樋口美雄(独立行政法人労働政策研究・研修機構理事長)
慶応義塾大学出版会 4400円
2020年から世界中を震撼(しんかん)させたコロナ・パンデミックも、今年に入ってWHO(世界保健機関)がパンデミックの終了を宣言し、我が国でも感染症法上の分類が5類に引き下げられ、ようやく終わりが見えてきた。本書は、ショックからの回復力を意味する「レジリエンス」という視点で、コロナ禍が家計に与えたさまざまな影響を「日本家計パネル調査」と「コロナ特別調査」の結果に基づき実証分析している。すなわち、ミクロのパネルデータを駆使して、家計の感染予防行動、ウェルビーイング(幅広い意味での幸福感)、雇用、収入、ワクチン接種、在宅勤務、住環境、子育て支援などについて、レジリエンスの程度を検証している。
コロナ禍の影響は人によって大きく異なる。個々人の職種、家庭環境、経済状況、健康状態での差は大きい。また、コロナ感染は強弱を繰り返すから、時間とともにそうした影響も変化する。コロナ禍に対するレジリエンスは女性、低所得者、非正規雇用者、自営業者、対面サービス職に従事する人が弱かった。逆に、在宅勤務者、男性、正規雇用者、対面サービスを要しない職の従事者はレジリエンスが高かった。こうした結果はもっともらしいし、その実態をミクロデータで明らかにした意義は大きい。
また、自主的な感染予防行動を取る家庭が多かった我が国では、強制的なロックダウン(都市封鎖)でなく、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置による自粛要請が機能した。諸外国と比較してワクチン接種率が高い我が国の社会規範あるいは、同調圧力には息苦しさがある一方で、感染防止に寄与した一因もある。
非金銭面で女性のメンタルヘルスが悪化しており、非正規雇用や中小企業に対する政策的対応とは別に、女性を対象とした政策対応が必要であると本書は指摘する。レジリエンス向上のために、平時から働き方改革を進めて、在宅勤務を推進するなど、感染症ショックへの耐久力を高めておくとともに、社会保障制度の充実が有効だとの指摘も重要である。
なお、デジタル化が遅れた状況で給付を急いだあまり、持続化給付金などで不正受給が多かった。また、コロナ禍での格差拡大の要因の一つは資産格差である。今後の課題として、給付にまつわるモラルハザード(危機回避策を取ることでむしろ危機意識が薄くなる事態)についての踏み込んだ分析とともに、資産格差への影響についてもしっかりとした実証分析を期待したい。
(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)
やまもと・いさむ パネルデータ設計・解析センター長を務める。
いしい・かよこ 共著に『格差社会と労働市場』がある。
ひぐち・よしお 慶応義塾大学名誉教授。著書に『雇用と失業の経済学』など。
週刊エコノミスト2023年6月27日・7月4日合併号掲載
書評『コロナ禍と家計のレジリエンス格差』 評者・井堀利宏