ブームとバストのバブル世界史を12の事例で検証 評者・上川孝夫
『バブルの世界史 ブーム・アンド・バストの法則と教訓』
著者 ウィリアム・クイン(クイーンズ・ユニバーシティ・ベルファスト講師) ジョン・D・ターナー(同 教授) 訳者 高遠裕子
日経BP 3850円
今年はリーマン・ショックから15年目にあたる。またぞろ米国発の金融不安が起き、世界に暗雲が広がった。歴史上のバブルは、ブームとバスト(破裂)を繰り返している。本書は12の事例を取り上げて、原因や教訓を探っている。
具体的には、1720年に同時に起きたフランスのミシシッピ・バブルと英国の南海泡沫事件に始まり、1840年代の英鉄道株バブル、1920年代の米ウォール街株投機、2000年代の米住宅バブル、さらに日本や中国のバブルなどである。19世紀末の英国の「自転車熱」という、聞き慣れない事例も登場する。
バブルとは一般に、資産価格の動きが、経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)から乖離(かいり)した状態と定義される。しかし著者は歴史分析ではその確定は困難だとして、金融史研究で有名な故キンドルバーガーの定義にならい、「後に崩落する、大幅な価格上昇の動き」と捉える。本書の副題にある「法則」は複雑な話ではない。バブル資産の売買のしやすさ、潤沢な通貨と信用、投機の存在という三つの条件(「バブル・トライアングル」)が出そろい、そこに技術革新や政府の政策が加わると、バブルが発生する可能性が高いという。
1720年の仏英同時バブルは、政府債務の負担軽減策が関係していた。投資家の保有する国債と特許会社の株式を交換し、特許会社に移った国債を低利債(永久債)に切り替えて、政府の債務負担を減らすという計画であった。この過程で特許会社株のバブルを創り出す政策が展開され、前述のバブルの3条件が出そろったが、計画は失敗に帰した。
3条件が出そろったとしても、内実はさまざまである。英国の自転車熱は、技術革新が火をつけたバブルである。チェーンや空気タイヤの発明等が相次ぐ中、自転車株が急騰するが、やがて崩落。しかし生き残った企業の中には、後に世界企業になるタイヤ製造のダンロップや、自動車生産に転換したローバーの名があった。シュンペーターの言う「創造的破壊」の典型例だと著者は見る。
金融史上最悪のバブルは、1920年代の米株式投機である。商業銀行の約半分が破綻し、大恐慌につながった。2000年代の住宅バブルも、証券化市場が機能不全に陥り、リーマン・ブラザーズが破綻した。ブームとバストが繰り返される中、著者は、かつてキンドルバーガーが強調したように、何より歴史を学ぶことが重要だと警告する。金融不安がくすぶる現在、時宜を得た書物である。
(上川孝夫・横浜国立大学名誉教授)
William Quinn 大学では金融論を教える。研究テーマは市場操作、株式市場、バブルなど。
John D.Turner 大学では金融論・金融史を講義。The Economic History Reviewエディター。
週刊エコノミスト2023年6月27日・7月4日合併号掲載
書評『バブルの世界史 ブーム・アンド・バストの法則と教訓』 評者・上川孝夫