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教養・歴史 書評

気象学の最新知見を動員しモンスーンアジアと日本の風土解説 評者・池内了

『モンスーンの世界 日本、アジア、地球の風土の未来可能性』

著者 安成哲三(京都気候変動適応センター長)

中公新書 1265円

 著者のほぼ50年にわたる気象学そして地球環境学の理学的研究の集大成に加え、モンスーンをキーワードにして、日本をはじめアジアの風土、そして日本人の自然観までも論じていて、読み応えある快作である。自然が作り出す多様な現象を解き明かすとともに、自然と人間の相互作用のなかで培われてきた文明の姿にまで話が及んでいる。

 モンスーンとは、端的には梅雨期に長雨と酷暑をもたらし、冬季の日本海側に大雪を運んで来る「季節風」を指すが、それによってアジアに豊かな生物圏が形成され、なかでも持続可能な水田耕作が広がる要因となった。そこに多数の人びとが多様な生を営み、特色ある世界を生み出した。それを和辻哲郎が名著『風土』に見事に摘出したのだが、そこで展開された議論の現代版である。

 本書の前半は、著者の専門である気象学の最新知見による、モンスーンアジアの地球気候の普遍的な現象と規則的変動、そして突発的に生じる異変の解説である。季節風とは、要約すれば大気と水(と海流)の地球スケールでの循環の季節変動のことなのだが、ヒマラヤ・チベット高原という巨大な障壁が東アジアに梅雨前線をもたらし、その反作用としてヒマラヤ以西に広大な砂漠を形成した、という描像は極めて斬新でダイナミックである。さらに、日本列島は大陸の東にあって偏西風帯にあり、日本海によって大陸と隔てられた山岳列島だから、アジアモンスーンの影響をもろに受ける。そんな日本の気候の季節変化の理由も明快に説明される。

 後半は、モンスーンアジアの風土論で、オギュスタン・ベルクの『風土学序説』等の著作を足場にして、風土とは「自然的であって文化的、主観的であって客観的、集団的であって個人的」だとする「通態性」をキーワードとしている。和辻の風土論をより総合的に捉え直そうというわけだ。ただ、日本人の自然観の歴史的変遷については、著者独自の主張が希薄で平凡である。例えば、寺田寅彦は『日本人の自然観』において、「厳父の厳と慈母の慈との配合宜(よろ)しきを得た国柄」といういささかステレオタイプの表現をしたのだが、それを上回ってほしかった。さらに人間がもたらす気象環境への大きな影響について、今流行の「人新世」という言葉を使っているが、その科学的な検討は不十分である。次作に期待せよということだろうか。

 モンスーンを通して見た気象学・地球環境論そして文化論・風土論を盛り込んだ労作といえる。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


 やすなり・てつぞう 1947年生まれ。京都大学理学部卒。同大大学院理学研究科博士課程修了。筑波大学教授、総合地球環境学研究所所長などを経て現職。気象学、気候学、地球環境学が専門。著書に『地球気候学』など。


週刊エコノミスト2023年8月8日号掲載

書評 『モンスーンの世界 日本、アジア、地球の風土の未来可能性』 評者・池内了

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