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教養・歴史 書評

少年向けだったドラゴン物語がアメリカの10代少女に“刺さった” 冷泉彰彦

 アメリカの若年人口は、1歳ごとに年300万人以上の分厚い層を擁し、市場としても大きい。中でもローティーンと呼ばれる10代前半の女子は、積極的に自分の好きな読書を始める年代として書籍市場の中では重要な存在である。

 例えば、Z世代と呼ばれる1990年代半ば以降生まれの層は、『ハンガー・ゲーム』(スーザン・コリンズ作、2008年)や『ダイバージェント』(ベロニカ・ロス作、11年)をベストセラーに押し上げた。この2作のヒットで、ディストピアにおけるヒロインのサバイバルゲームという設定が、確立したといえる。

 時代が下り、現在のローティーンは、10年以降生まれのアルファ世代に差し掛かっている。相変わらず人口としては分厚い中で、多くの作家や出版社はこの新世代向けのファンタジーを送り出してきた。

 そんな中で、どうやら新しい鉱脈を掘り当てたのが『天空(“The Empyrean”)』シリーズの第1作、『第四の翼(“Fourth Wing”)』である。作者はこれまでロマンス小説や軍人の家族ものなどでヒットを飛ばしてきたレベッカ・ヤロスで、5月に発売されて以来、アマゾンの「最も売れた本」で1位を快走している。11月発売予定の完結編『鉄の炎(“Iron Flame”)』も予約が殺到しており、ランキング上位となっている。

 ヒロインのバイオレットは、王族の娘で静かに読書に明け暮れる少女時代だった。だが、20歳になったある日、「竜の乗り手」になる競争に参加させられる。空を飛ぶ竜を御することができなければ、そこにあるのは死という過酷なレースを通じて、人間的な成長を遂げていく。全編はスピード感にあふれる一方で、使用されている語彙(ごい)は限られ、明らかに12歳前後の少女たちをメインターゲットとして意識した作品だ。

 女性ヒロインのサバイバルゲームというフォーマットは既に確立されたものだが、ヤロスの工夫は、そこに「空を飛ぶ竜」を持ち込んだことだ。従来は少年向けのファンタジーの定番だった「竜(ドラゴン)」というアイテムを少女小説に持ち込んだことが、「私も竜に乗って空を駆け抜けたい」というアルファ世代の少女たちの願望に「刺さった」ということなのだろう。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年8月8日号掲載

海外出版事情 アメリカ アルファ世代向けのファンタジー好発進=冷泉彰彦

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