新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

国際・政治 東奔政走

動き出す「日米韓」と「日中韓」 求められる日本の自立的外交 及川正也

ラーム・エマニュエル駐日米大使(手前左)と岸田文雄首相(手前右)。広島市の平和記念公園で今年3月、原爆慰霊碑に献花した
ラーム・エマニュエル駐日米大使(手前左)と岸田文雄首相(手前右)。広島市の平和記念公園で今年3月、原爆慰霊碑に献花した

「日米韓」と「日中韓」。この二つの枠組みが大きく動き出そうとしている。これを両輪に東アジアに安定をもたらすことができるか。岸田外交の手腕が問われている。

「歴史的な偉業だ。この地域に戦略的パラダイムシフトをもたらす。平和と発展を最優先する自由で開かれたインド太平洋の統一戦線だ」。米ホワイトハウスが日米韓首脳会談を8月18日に米国で開催すると発表した7月29日、ラーム・エマニュエル駐日米大使がソーシャルメディアに投稿した。外務省関係者は「日米韓の結束をプレーアップ(ことさらに持ち上げること)する内容だが、それにしても力強い言葉が並んでいる。バイデン政権の思い入れが伝わってくる」と話す。国際会議に合わせた形ではない開催は初めてだ。

 会談は、岸田文雄首相、韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領を首都ワシントン郊外のメリーランド州北部にあるキャンプデービッド山荘に招待して行われる。2007年に安倍晋三首相が山荘に招かれた際、筆者はワシントン特派員の代表取材員として訪れた。50万平方メートルの広大な土地に来賓用の宿舎も備えた大統領別荘だ。

 山荘は、長大なアパラチア山脈の裾野に広がる自然豊かな山間にあり、南北戦争下でリンカーン大統領が自由と平等を訴える演説を行ったゲティスバーグに近い。

 焦点は、核・ミサイル開発を加速させる北朝鮮への対応だ。北朝鮮の脅威を深刻に受け止める日韓に対し、米国の関心は今ひとつだった。日韓両政府の不満はじわじわと高まり、これを察知した米政府が北朝鮮問題にも目を向けるようになったという。「包括的な北朝鮮政策立案のスタートになればいい」と外務省関係者は語る。

「劇的な変化」の本意

 だが、本当の狙いはその先にある。日米韓の枠組みは従来、対北朝鮮政策のすり合わせが主眼だった。エマニュエル大使がインド太平洋地域に「劇的な変化(パラダイムシフト)」をもたらすと言明した本意は、中国の台頭を抑え込むことにあるのだろう。日米韓の新たな北朝鮮政策も、そうした点が反映されるはずだ。

 一方、日中韓首脳会談は議長国の韓国が年内にも開催する方向で調整している。19年12月を最後に途絶えた「日中韓」に最も積極的なのは中国だ。関係者によると、外交トップの王毅政治局委員は7月、訪中した河野洋平元衆院議長に「今こそ日中韓の枠組みを再出発させるべきだ」と述べたという。

 中国が重視するのは日本からの投資だ。李強首相は日中経済・貿易規模が3500億ドルを超え、日本企業3万社が中国に拠点を持ち、対中投資収益率は平均15%に達すると強調し、「世界の他の地域では実現は難しい。日中関係の安定装置となっている」と述べている。経済関係の強化が政治の安定化につながるとの主張だ。

 中国から見れば、それを阻害しているのが米国だと映っている。先端半導体製品だけでなく関連機器や技術の対中輸出を制限する米国に日本などの同盟国が足並みをそろえる構図を打開しようとしている。李強首相は「中国と欧州、中国と日韓の仲たがいを仕掛けている外部勢力がいる」と高官協議などを通じて伝えているという。

 米国がこれを米国から同盟国を切り離す「分断工作」と考えるのは当然だろう。キャンプデービッド山荘でのもてなしは、それに先手を打つ思惑が見え隠れする。

 重要なのは、日本のスタンスだ。日米韓首脳会談に先立ち、松野博一官房長官は「北朝鮮への対応とともに法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持強化のために日米韓3カ国の戦略的連携強化」が主眼となると述べ、中国を念頭に置く米国に歩調を合わせた。

 米国とその同盟国・日韓との戦略対話の重要性は言うまでもない。経済安全保障や台湾問題はとりわけ喫緊の課題だが、同時に中国との安定性をどう築くかも、それらに劣らず重要な問題だ。日本が主導すべき分野だろう。

北朝鮮、ロシアを主眼に

 一方の日中韓の枠組みで留意すべき点は何か。林芳正外相は「地域の平和と繁栄に大きな責任を共有する日中韓の3首脳が、一堂に会して議論するということは大変有意義だ」と述べ、首脳会談の開催に前向きな姿勢を示している。問題は、日米韓と同じく、米中対立を煽(あお)るようなことにはくれぐれもならないようにすることだ。

 日中韓は、アジア通貨危機への対応を協議するため1997年に東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議に3カ国の首脳が招待されたことに始まる。国際会議に合わせて定例化した後、2008年に独立した形で初めて日本で開催された。信頼醸成を促進し、「地域の平和と持続可能な発展」につなげることを共同声明でうたった。

 政治的な信頼を高め、経済的な関係を強め、文化的な交流を深めることが安定につながる。中国が「米中対立の道具」にしようとするのであれば、それを戒める必要がある。北朝鮮の核・ミサイル開発をどう制御し、ウクライナに侵攻したロシアをどう撤退させるかが主眼になるべきだ。

「重要なのは、米中対立の間で日本が自立的な外交を果たすことだ。日米韓と日中韓を二律背反の枠組みとしない賢慮が必要だ」。自民党元外相は指摘する。

(及川正也・毎日新聞専門編集委員)


週刊エコノミスト2023年8月29日号掲載

動き出す「日米韓」と「日中韓」 求められる日本の自立的外交 及川正也

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

11月26日号

データセンター、半導体、脱炭素 電力インフラ大投資18 ルポ “データセンター銀座”千葉・印西 「発熱し続ける巨大な箱」林立■中西拓司21 インタビュー 江崎浩 東京大学大学院情報理工学系研究科教授、日本データセンター協会副理事長 データセンターの電源確保「北海道、九州への分散のため地産地消の再エネ [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事