見せかけの“Woke=社会的目覚め”が経済的格差を拡大する 評者・服部茂幸
『WOKE CAPITALISM 「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』
著者 カール・ローズ(シドニー工科大学組織論教授) 訳者 庭田よう子 解説 中野剛志
東洋経済新報社 2640円
アメリカで「Woke」という言葉を「(社会的に)目を覚ます」という意味で使い始めたのは黒人だった。しかし、今では保守派がポリティカル・コレクトネス的な道徳を冷やかす言葉として使われるようになっている。本書の解説で中野剛志は、この言葉は日本では「意識高い系」に相当すると書いている。
経済学者のミルトン・フリードマンが、企業は株主の持ち物だということを根拠に、企業が社会的貢献をすることに反対していたことは有名である。けれども、現代の巨大企業にとって企業のイメージはその業績の点で決定的に重要であるから、Wokeによってイメージを高めることは、巨大企業とその株主の利益にもなる。しかし、企業がWokeを見せかけることによって、実は新自由主義と不平等を拡大させる経済システムを維持させていると批判するのが本書である。
特に経済的格差の拡大が問題である。巨大企業やスーパーリッチは社会的貢献のために多額の寄付を行っている。ところが、それ以上に彼らはタックスヘイブンなどを利用して租税を回避している。アマゾンを創業したジェフ・ベゾフは地球環境問題のために多額の寄付を行ってきた。けれども、アマゾンがグローバルに迅速な配送を提供することによって、環境と労働者に多大な負荷をかけていることに対しては何も手を打っていないと本書は批判している。Wokeなイメージが巨大企業とスーパーリッチへの批判を沈静化させることにより、彼らの利益を守るシステムは維持できるのである。
Wokeな企業は女性やLGBTや有色人種にも配慮を示す。女性やLGBT、有色人種の中にも一定の割合でお金もうけが得意な人はいるだろう。こうした人々が活躍することは企業の利益にもなる。だから、社会的にリベラルな態度はそれほど偽善的なものにはならないし、新自由主義の価値観にも抵触しないと筆者は考えている。けれども、累進課税などの経済格差を縮める政策は、女性やLGBTや有色人種のスーパーリッチには利益にならないだろうから、社会的なリベラルは経済的なリベラルには直結しないとも考える。
ところで、今のアメリカでは民主党の支持者と共和党の支持者では、政治的な考え方だけでなく、社会的、文化的、宗教的な考え方も二極化していることはよく知られている。しかし、共和党の支持者が多い地域は経済が停滞している地域である。実は「意識低い系」の保守派は経済成長に適合的でないのである。
(服部茂幸・同志社大学教授)
Carl Rhodes 企業のあり方と市民社会の関係性を主な研究テーマとしている。両者をめぐる倫理、政治、経済などについて、『ファスト・カンパニー』『ビジネスインサイダー』『ガーディアン』などに多数寄稿。
週刊エコノミスト2023年9月12日号掲載
『WOKE CAPITALISM 「意識高い系」資本主義が民主主義を滅ぼす』 評者・服部茂幸